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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第五章 戦争の季節

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464/473

464激突……?

「全軍、突撃だ! 悪姫の手先を打ち破り、かの暴虐からセルテの民を救うのだ!」

「おおぉ!」

 舌戦にならなかった舌戦から戻ったサイ騎士長は、顔を真っ赤にして叫んだ。

 すると、特にトラピア軍の中核を成す兵たちが呼応して雄たけびを上げ、馬を、または自分の足を動かし始める。

 するとそれに従うように左右翼を成す他の兵たちも動き始めた。


 この戦いをまるで神の視点から眺める者たちは感想を呟く。

「ほほう、いちおう鋒矢の陣らしいな。少しは基本を解かってるようだ」

「うーん、どっちかと言うと逆鶴翼陣って感じですかね?」

 前者は現地近くの砦にいるホーテン卿。

 後者は遠くセルテ領都にいるエルシィだ。

 ホーテン卿の位置からなら肉眼でも戦場の状況は見えるが、どちらも元帥杖が作り出した虚空モニターの中継を見ている。

 第一その方が上空視点が使えるので判りやすいからだ。


 さて、突撃を始めたトラピア軍の陣形を見てみよう。

 ホーテン卿をして「いちおう鋒矢陣」、エルシィをして「逆鶴翼陣」と言わしめた形である。

 すなわち、中央を先頭にした緩やかな弧を描く笠の様な陣形。

 突撃陣形としては及第点と言えようか。

 ただこれはエルシィたちの買いかぶりであった。


 どう買いかぶりかと言えば、これは意図してできた陣形ではなかった。

 どうしてこうなったかと言えば、サイ騎士長の号令を直接耳で受けた中核の士気の高い中央隊と、各隊長から中継伝達された命令を受けた士気の低い左翼右翼ではスタートに差があっからだ。

 その差により中央がいくらか突出し、左右翼が遅れ、そうして出来たのがこの陣形というワケだ。


 このようにしてトラピア軍が前進を開始した頃、セルテ軍の将であるデニスはようやく自陣へと戻り、駆けてくるトラピア軍を余裕の表情で振り返った。

「予想通りという感じですかね?」

 デニス正将を出迎えた中年の将補が言う。

 将補とはその名の通りその群のトップたる将軍や将補に次ぐ二番目の将となる地位の者だ。

 彼は平民出身だが長くデニス正将の下で兵役を務めてきたたたき上げであった。


 そんな将補の言葉を聞いてデニスは笠の様な形で迫ってくるトラピア軍を確認し、意地わるそうにニヤリと笑った。

「そうですね。聞いた通り、まとまりが悪そうだ」

 ここで言う「聞いた」とは、トラピア国ではすでに死亡が発表されている、故トラピア子爵の長子、フォテオスからの言による情報のことである。


 フォテオス殿下は生きてここからほど近い国境砦にいるので国元でされたこの発表は誤報ではあるのだが、今トラピア軍を率いているサイ騎士長も、共に軍中にいる故トラピア子爵四男のハンノ殿下も彼の生存など夢にも思っていない。

 知ったらさぞ驚くことだろう。


 閑話休題(話を戻す)

 迫るトラピア軍を余裕で眺めながら、デニス正将は自分に従う将補に目を向けた。

「準備は良いですか?」

「打ち合わせ通りできております」

「よろしい。では……」


 短い会話を交わし、そして今度は自分の頭の少し上空に開いた連絡用の虚空モニターに声をかけた。

「では手筈通りお願いします。侯爵閣下」


「はいはい。承知しておりますよ」

 モニター向こう。つまりセルテ領主城の執務室にいたエルシィはこれに答え、執務椅子をぐるっと回転させて俯瞰観戦用に浮かべたセルテ防衛軍全軍を映す別の虚空モニターに向き直った。


 そして光跡を引きながら元帥杖を振るう。

「こう、こう。はい、とんでけー。も一つ、とんでけー!」

 言うや否や、セルテ側の防衛軍二〇〇の兵は、一〇〇ずつに分かれて順々に戦場から姿を消した。



「な、なに!? 何が起こったのだ!?」

 思わず叫んだトラピア軍指揮官であるサイ騎士長だが、同様の思いを胸にそれを見た全軍の兵がどよめいた。

 敵軍に向かって前進していたら、その敵軍が光の粒となって忽然と消え去った。

 これをして驚くなという方が無理である。


 サイ騎士長からは少し離れたところで自分の隊を指揮していた副騎士長が急ぎ馬を寄せる。

「騎士長! どうしますか」

「どうとはなんだ!?」

「さしあたって前進をやめるか。それとも続けるか、ということです」

「あ、ああ、そうか、そうだな」

 言われ、サイ騎士長もやっと驚きの思考停止から正気に戻った。


 そして駆け足をつづけながらしばし黙考し、そして改めて命令を口にした。

「いや、前進はは続けよ! 敵が消えた陣まで行くぞ」

「はっ、前進を続けます!」

 副騎士長は復唱し、命令を自分の隊に伝える為にその場を離れた。


 どちらにしろ三五〇からなる駆け足集団を急停止させることなどできない。

 そんな命令を出せば玉突き事故が発生して戦う前から負傷者続出となるだろう。

 であれば目的地を定めて緩やかに止まるのが最善である。


 そうしてトップが立ち直ったおかげで、混乱は全軍に波及はしなかった。

 何が起こったかわからないが、指揮官が慌ててないので想定のうちなのだろう。

 実際には想定できてなくとも、下々の者はそう判断して付き従うのみである。


 だがそうして立ち直ったトラピア軍に、またもや混乱がもたらされた。

 その混乱は左右翼を担う隊の端から起こった。


「なにがあった!?」

 サイ騎士長が報告を求め叫ぶと、急ぎやってきた伝令の兵が申し上げた。

「左翼翼面から敵軍の急襲です!」

「右翼側面、同じく急襲です!」


「消えた敵軍か!?」

「いやそんなどうやって。伏兵ではないか?」

「しかし兵を伏せる数がいたなら最初から正面で……」

 サイ騎士長の直掩にあたっていた騎士たちが声を上げる。

 騎士長は苛立ち、そんな彼らを叱咤する。

「ええい黙れ、慌てるな! 中央軍は速度を上げぐるりと回って救援に向かうぞ」

「左翼右翼、どちらに向かいますか!」

「む、ちょっと待て……よし、右だ!」

「ちなみに理由は?」

「そんなものあるか! いいから黙って実行しろ」

「了解しました!」



 読者諸兄にはもうお分かりだろう。

 右左翼軍それぞれの側面に現れた一〇〇ずつの兵。

 これは先ほど忽然と消えたセルテ防衛軍である。

 移動させたのは当然、元帥杖を振るったエルシィである。

「ふぅ。これでいいですね、後はお任せしますよデニスさん」

「ありがとうございます閣下」

 デニスはまた、画面外で意地わるそうにニヤリと笑った。

続きは来週の火曜に

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― 新着の感想 ―
対トラピアの戦場では、エルシィが積極的に介入して、数的には不利ではありますが、主導権を握れているようですね。 エルシィの権能を上手く使ったゼニス正将が、敵国の反撃を許さず、完勝してくれれば、もう一つの…
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