463戦の作法
騎士、警士、近衛、およそ軍人武官と呼ばれる職に就く者にはいくつかのタイプがある。
解かりやすいところで「深く物事を考えるより身体を動かす方が得意」といった者が上がるだろう。
他にも武門生まれついたが為、とか、尊敬する人物が軍人武官であった、など。
そんな中で少数ながら確実にいるのが「マニア」である。
剣が、矛が、とにかく武器が好き。というのはその中でもわかりやすいだろう。
戦術、戦略、はたまた謀略の類が好き。そういう者は武官の中でも軍師や参謀に向いているだろう。
そしてトラピア子爵国の騎士府長という地位に就くサイという人物。
この男は戦史マニアであった。
戦史のどのようなところに惹かれるか。
それを訊ねたら彼はこう答える。
「戦にはロマンがある」
と。
そう、戦史と言っても戦術や戦略、そう言ったところではなく、功名な戦士同士の死闘、名誉ある死、華々しい戦功、そういったモノに惹かれるのだ。
ゆえに彼、トラピア国騎士長サイは、これから始まる戦争に胸を躍らせていた。
そして今まさにその戦のセレモニーとして幕を上げようとしているのが「舌戦」または「口上戦」と言われるモノだった。
これらは軍同士が会戦の前に行うモノで、つまり「自分たちが何者であるか」「なぜ軍を上げたのか」そういった事を言い合うのである。
これによって自分たちの正統性を主張し、最終的に勝った者の主張が正しくなる。
戦争の行方如何によってはすべての戦闘が終結した後にひっくり返ることもあるが、それはこの際おいておこう。
ともかく、今からその舌戦を行うためにサイ騎士長は馬に乗って両軍向かい合う真ん中に向かっていた。
同時に向こうの軍、すなわちセルテ領防衛隊と思われる軍の長も馬に乗ってやってきている。
しばらくすると騎乗した両者が並足で寄合い、ちょうど剣矛が届かぬ程度の距離で向き合い停止する。
サイはこれまで読み漁った数々の戦史や戦物語に出て来た場面を思い起こし、ワクワクを募らせた。
そして相手の軍の長がまず最初の口火を切るのを待った。
だが、彼の期待は大いに裏切られる。
なぜなら最初に聞こえたのはこちらの非を訴える言葉でも、自らの正義を称する宣言でもなく、盛大な溜息だったからだ。
「な、なに?」
サイ騎士長は大いに思惑を外され、目を丸くした。
この瞬間、すでに彼の頭の中にあった「どう反論してやろうか」などの考えがすっ飛んでいた。
相手の軍の長、つまりはこの防衛隊を率いるデニス正将がため息からひどく面倒そうな表情に移り変わりながらようやく口を開いた。
「まずお聞きしたい。あなた方、どちら様ですかぁ?」
ひどく間延びした声で彼は言った。
「はぁ!?」
まさかの言葉に、サイは思わず声を上げ、そして後ろを振り向いた。
彼の後ろに立ち並ぶのはおよそ三五〇のトラピア国軍兵士たち。
そしてあちらこちらに立つ旗が示すのは美しい金銀で飾られた三日月の紋章。
これはトラピア子爵の紋章旗であり、これを掲げている限りはこの軍がトラピア国の正式な軍隊であることを示している。
これはもう武官だけでなく、政府に仕える者であれば常識と言えるだろう。
それを確認し終えたサイ騎士長は「まさか旗を掲げ忘れたのかと思って焦ったぞ」と思いつつ「そんなわけないか」と胸をなでおろし、もう一度セルテ軍の長に向き直った。
武人にしては比較的細身のその男。
だがか弱さは感じない。
それどころかどこか強かで太々しい薄ら笑いを浮かべている。
サイ騎士長はそう理解しカッとした。
「き、貴様、我らが掲げるあの旗が……」
見えぬのか、と続けようと思ったところで、声をかぶせるようにデニス正将が言った。
「トラピア子爵国の紋章旗を掲げているようですが、かの国からは先ぶれも、ましてや宣戦の布告もない。
まさか子爵国の正規軍がこのような非正規の行為をするわけがない。
つまりあなた方が偽物であると、私は愚考したのですね。
で、あなた方、誰ですか?」
聞いて、サイは言葉に詰まった。
これは散々読んできた数々の戦物語では常識である「正しい戦の手順」としては、完全に彼らが間違っているからだ。
つまり正しい手順であれば、まず国境を越えるより先に宣戦の布告を相手側に伝えなければならないのだ。
なぜそれをしなかったか。
それはサイを始めとする四国同盟の中で「敵は人の理の通用しない悪」という意識があり、ゆえにこれは侵略ではなく積極的防衛行為である、と理由づけていたからだ。
もちろん詭弁でしかないが、国にいた時、四国にて打ち合わせを行った時、それらの席でこの理に疑義を挟む者はいなかった。
いなかったゆえに、いつしかその詭弁を正論の様に錯覚していたのだ。
だがここに来て冷や水の様に本当の正論を浴びせかけられ、サイはさっと顔を蒼くした。
と、サイの中でそう言う心理変化が行われている間に、デニス正将はさらに言葉をつづけた。
「しかし正規軍でない割に整った軍装ですね。
賊の類かとも思いましたがそれにしては規律がありそうです。
まぁ、正規軍としては落第も良いところでしょうけど、整列して行進するくらいはできるようですし。
あ、もしや亡命をご希望ですか? でしたらまず国境砦で氏名や年齢をお伺いしないといけませんね」
こうしてスラスラと続く言葉にサイはようやっと気づいてまた顔を赤くした。
これは馬鹿にされているのだ、と。
最初からマトモに相手する気はないのだと。
「さすがは悪姫の手先というところか。
だがその態度、すぐに後悔させてやるぞ!」
サイはもうこれ以上相手の言葉など聞く価値もないと、カッとなったその口でそう叫ぶと馬を返して自軍へと戻った。
言葉途中で切られたデニス正将はワザとらしいニヤニヤ笑いで見送りながら肩をすくめてつぶやいた。
「結局、名前も名乗らず行ったか。
まるで物語にいる悪役の捨て台詞じゃぁないか。
全く、戦の作法を何と心得る」
言い終わるや否や、彼もまた馬を返して自軍へと戻った。
続きは金曜に




