457リニアナガン関内候
「してリニアナガン殿、我らの戦いを手伝いに来たというが、その方いったい何ができるのだ?」
色々とツッコミたい部分は多かったが、それは脇に置いてまず、という風でバルカ男爵は訊ねた。
そも、リニアナガン関内候とやらは「戦の手伝い」と言いながら一兵卒すら率いていないのだ。
それでいったい何ができるというのか。
対してリニアナガンは涼しい顔で答える。
「私は帝国軍部においては『軍師』という役を頂いておりまして、策を練り指揮を執るのが仕事でございます」
これを聞いて執務室内にいた者たちは「父神」という言葉を聞いた時と同じくらい渋い顔をした。
父神、軍師。どちらも聞きなれない言葉でありながら、胡散臭いことこの上ないと思ったからだ。
「指揮を執る、ということは騎士長や将軍の様なモノか。
リニアナガン殿はあまり偉丈夫に見えないが、相応の地位であれば武術の腕も相当なモノなのだろうな」
怪訝そうな顔のままのバルカ男爵はそのように好意的に解釈して再び問いを発した。
この国、というか旧レビア王国の文化圏においては軍の指揮を執るのが主君筋でない限りはあくまで武官であり、個人でも相応の武力を持っているのが一般的なのだ。
だが当の関内候殿は肩をすくめて首を振った。
「いえいえ、残念ながら武術の腕はからっきしでして、ゆえに軍師などしているのですよ」
ここで聞いている者達の渋面がさらに酷くなった。
どの顔も「主君筋でもなく武の腕もない者に、どうして兵が従うか」と言わず物語っている。
この中にはバルカ男爵と騎士長も混ざっているのだが、それでもこの二人は興味の方が勝ったようで顔を見合わせて頷きあった。
「なるほど、ではひとつ、その力を見せてもらってはいかがでしょう」
騎士長がそう言えば、バルカ男爵も「名案である」とばかりに大いに頷く。
「面白いな。ちょうど出兵の準備中だ。半々に分かれて少しばかり模擬戦でもしてみようではないか」
当然、片方をリニアナガンに指揮させて、ということである。
リニアナガンはロクに表情を変えず涼しい顔のままに頷いた。
「ええ、良いですよ。
私がお役に立てるということを、存分に証明して見せましょう」
と、その時、執務室の扉がけたたましい音を立てて開いた。
何事か、と近衛たちが身構えて注目すると、そこには度々この城にも出入りしている元ハイラス伯ヴァイセルが、困った顔の近衛や警士たちを引き連れてよい笑顔で立っていた。
彼はいかにも楽し気にのたまった。
「その話、私も混ぜてもらおう」
その頃、セルテ領主城の執務室ではエルシィが次の侵攻が始まるまでの空き期間で、いつも通りの「領主のお仕事」を進めているところだった。
具体的に言えば、たった今、エルシィは生玉子が割られた小鉢を手に、あちらこちらから眺めているところだった。
「エルシィ様、そうして見て何かわかるものですか?」
そう訊ねるのは傍らでエルシィの執務の補助をしている侍女頭のキャリナだ。
「食べてみないと判るわけないにゃ」
と、これは執務室内でパタパタと小間使いのような仕事をしていたねこ耳侍女カエデである。
エルシィは視線を生玉子から離さないまま、ニヤリと笑って答える。
「判りますとも。
良い鶏卵は色艶、そして形が違うモノです」
直立で執務机の前に立ち尽くしてる男は「気にしたこともなかった」という顔でそんな会話を聞いていた。
この男、いつぞや養鶏場の拡大という新規事業の為の融資をエルシィにお願いした商人兼酪農家である。
再提出させられた事業計画書はしばらく前に何とか承認され、頂いた融資をもっていよいよ大養鶏場がスタートしたゆえに、商品である玉子をさっそく献上に参った次第である。
本当は財司のそういったモノを受け付ける部署に渡して終わるところだったが、たまたまエルシィの目に留まってしまったゆえにここに通され、冷や汗をかいているところだった。
さて、エルシィが見ている生玉子。
色艶悪くはないが、どうにもペタっとしているように見える。
「この玉子は新鮮なモノですよね?」
「へぇ、今朝生まれたばかりでございますが」
新鮮なのにこの様子ということは。
と、エルシィは小鉢をコトリと机に置いて腕を組んだ。
「鶏さんのご飯は何を出してます?」
「鶏のエサですか? 麦の製粉クズや亜麦、あと野菜クズを集めておりますが……それが何か?」
怪訝そうな顔で答える男だが、まぁこれは養鶏だけでなく酪農では一般的なモノだった。
ゆえに何を訊ねられてるのかわからなかった。
「カルシウムが足りてないのかもしれませんね。
貝殻や獣、魚の骨をすりつぶして混ぜてみてはどうでしょう」
「かるしうむ、でしたか。
判りました。やってみます」
男は判らないなりに言われた通りやってみようと思った。
今のところ、エルシィに言われたとおりにやって失敗はなかったゆえの信頼である。
「あと鶏舎の清潔をよくよく保ち、それから生まれた後の卵を磨き上げてください。
目指すは生でも食べられる美味しい玉子です」
それから去り際に男はそんなことを言われた。
男は、いやそれを聞いたすべての者が「またまた御冗談を」と思った。
玉子はスタッフが(焼いて)美味しくいただきました( ˘ω˘ )
続きは来週の火曜に