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456東からの使者

 国境を越えてセルテ領軍の姿を見るなり全速力で後退したバルカ男爵国軍の思惑とはいかに。

 これを知るために国境越えより前に遡ってみよう。

 そう、時はバルカ国軍が領都をもうじき出立する、という頃だ。


 その時、バルカ男爵は出立前に片付けるようにと文官勢から押し寄せて来た執務をまとめてやっつけていた。

 元々あまり文字を読むのも好きではない彼は、たいそうイライラしながら持ち込まれた文書に判を押したり、修正すべき部分にペンを入れては差し戻し箱に放り投げたりと大忙しである。


 そんな時、執務室の扉が硬質な音でノックされた。

 一瞬、また書類の束がやってきたのか、と舌打ちをしたバルカ男爵だったが、音の違いから「これは文官ではないな?」と判断して心を落ち着けるため息を吐いた。


「入れ」

 言いながら側仕えの一人を顎で使い、扉に確認に向かわせる。

 そうして入ってきたのは、バルカ国騎士府の長である長身の男であった。

 この男。年のころは三〇代前半と、司府の長としては少々若い。

 だがそれでもバルカ国内において、彼に並ぶ武術家はいなかった。


「どうした騎士長。軍編成に何か問題でもあったか?」

「はっ! 何も問題はありません。

 少々兵糧の方が足りませんが、国境を越えてから現地調達すればよいかと」

「ふむ、その辺りは想定通りだな。

 では何用で来たのだ?」

「それが……」


 騎士長は少し言いづらそうにして自分の後ろを振り向く。

 そこには黙って紹介を待っていたらしい、色白の痩せた細目の男が立っていた。

「ん? 初めてみる顔だな。どこか商会の御曹司か?」

「いえそれが、ポレフ士国から来たそうで、男爵に合わせろと……」

 どうも困惑気味の騎士長がそう答えると、バルカ男爵はガタリと音を立てて椅子から立ち上がった。

 ついでに言えば執務室にいた侍従、近衛たちも身構え、一人が急ぎ壁に掛けてあった短剣を男爵に渡す。


 なぜこのような反応を示すか。

 それはバルカ男爵国の東に位置するポレフ士国が、友好国ではないからだ。

 より詳しく言えば、先代の男爵の時代までに何度か衝突し小競り合いを続けていた敵国なのである。

 今はお互い国力を回復するという名目で長目の停戦中ではあるが、西のセルテ侯爵領へ出兵しようというタイミングで使いを送ってきたからには戦争再開を告げに来たと言われても不思議はない。


 だがその細目の男は武装した者たちに囲まれても意に介さずという風で静かに笑う。

「これはこれは。丸腰の痩せ男にたいそうな歓迎ですね。

 バルカ男爵国は尚武の国と聞いておりましたが、ただの野蛮人の集まりですか」

 言われ、バルカ男爵は小さく舌打ちをして手にした短剣を執務机にたたきつけるようにして置く。


 置いて、周りの側近たちに目を向けて首を振った。

 はたして、側近たちは男爵の言いたいことを正しく受け取り、それぞれが渋々と言う態でそれぞれの得物から手を離した。


 これを見て細目の男は肩をすくめ、その後に慇懃な態度で深々と腰を折る。

「バルカ男爵におかれましてはお初にお目にかかります。

 (わたくし)、バルフート帝国において関内侯の地位を頂いておりますリニアナガンと申します。

 此度は恐れ多くも皇帝陛下の勅命により参りました」


「バルフート帝国だとぅ!?」

 男爵、二度ビックリである。

「さっきポレフ士国からと……」

「ええ、士国を通ってまいりましたよ」

「貴様馬鹿にしておるのか!?」

 バルカ男爵のコメカミに血管が浮き出る。


 さて、バルフート帝国とはなんであるか。

 すでに少し話したかもしれないがかなり前のことなのでおさらいをしておこう。

 簡単に言えばこの大陸の北東側に大領を持つ帝国である。

 帝国の名が示す通り、いくつかの王国を取り込んだ自領の大きさもさながら、周りには属国をいくらか抱えた多民族国家だ。


 だがしかし、大陸の北東方面と言えば極寒の地である。

 いかな大領と言えど作物はさほど育たず、港は一年のうちの長い期間を氷に閉ざされる、氷雪原の国と言って過言ではないだろう。


 そんな国であるからこそ、豊かなる他国に対して侵略の気を大いに振るっているわけだ。


 そのバルフート帝国からの使いだというのだから、隣の小国から来たと言われるよりよっぽど警戒が強くなるのも当たり前だった。

 ちなみにポレフ士国は元々旧レビア王国の騎士が建てた国だが、一〇〇年以上前にバルフート帝国の軍門に下り、属国となっている。


 その帝国からの使者がなんの用であろう。

 思いつくのは降伏の勧告だろうか。

 ついに帝国の手がここまで伸びて来たか。

 バルカ男爵は盛大に冷や汗と脂汗を滲ませながら、出来る限り冷静さを装いながら訊ねた。

「それで、大帝国の関内侯様とやらがいったい何の用でこのような小国に?」


 訊ねながらもバルカ男爵は「関内侯」がなんだか判っていない。

 判らないが、候というからには偉いのだろう、くらいの認識である。

 バルフート帝国の爵位は旧レビア王国文化圏のそれとは大きく違うので仕方がないことではあるが。


 そうして警戒する面々をあざ笑うかのように、リニアナガンと名乗った男はまたクスリと小さく笑った。

「そう警戒しないでください。

 この度、私は皆様のお手伝いをしに参ったのです。

 皇帝陛下の、そして我らが父神よりの啓示に従いて」

続きは金曜に

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― 新着の感想 ―
エルシィに対する女神の指図といい、帝国に対する神の介入とは、この世界では神は地上のありように、かなり興味を持っているようですね。 女神の指示である、人口を減らせって言うのも長い平和が続いたら、人口が異…
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