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455バルカ男爵国の奇行

 対トラピア子爵国戦の為の布陣が終わるころ、ほぼ同時刻には別戦線となる対バルカ男爵国戦の為の布陣も終わっていた。


 こちらを指揮するのは将軍府長であるスプレンド将軍。

 そして副将として「誰よりもひとまわりデカい筋肉」のサイード正将である。

 兵は総数でおよそ一二〇〇。

 これは将軍府所属兵一五〇〇のうち、二〇〇を対トラピア国戦に割き、さらには先に終了した対デーン国戦における死者重傷者やその他体調不良者を除いた全軍ということになる。

 それでもこれから攻め上がってくるバルカ男爵国兵およそ四〇〇からすれば三倍の兵数である。


「エルシィ様。基本方針は変わらずでよろしいですね?」

 スプレンド将軍は最終確認とばかりに、虚空モニター越しに見ているエルシィへと尋ねる。


 布陣も終わったこの時に方針変更など、本来ではそうそうあり得ることではない。

 ないが、戦争から離れて数百年というこの地域において、貴族たちはすっかり戦争素人だ。

 その素人がトップにいる以上は、頓珍漢な方向転換など割と当たり前にあるのだ。


 自動車の運転に例えるなら、免許を持っていない人を助手席に乗せてナビしてもらっていると、曲がるべき角に到達した時点で「あ、ここ曲がって!」とか言われるような感じだろうか。

 実務担当者からすれば「もっと早く言って」というところだろう。


「おけです!」

 ここでのエルシィは軽く返事をした。


「方針、と言うと『再侵攻を考えないくらい適度に叩いて追い返す』でござるか?」

 と、ここで確認するように訊くのは副将サイードだ。

 質問の矛先は別にエルシィに限っていたわけではないのだが、エルシィはすぐに大きく頷いた。

「そです。あまりコテンパンにしちゃうと、国元に帰ってから国家運営がままならなくなるでしょう?」


「それは困るでござるか?」

「いや、困るでしょ」

 ここでのサイードの呟きは「それでセルテ領(うちの国)が何か困るか」であって、エルシィの返答は「むこうの国民が困るでしょう」である。

 微妙に食い違っているが、サイードはよく解らないような表情ながらに「判った」という風で頷いた。


 実際には近隣諸国の運営が不安定になれば逃散難民の流入問題なども発生するので、先を考えればこっちも困ることになるかもしれない。

 とは理解されない可能性が高いのでエルシィは言わずにおいた。



 さて、ひとまずそうしてトップと現場責任者たちの共通理解が再確認された所で、対バルカ男爵国戦の布陣を見てみよう。

 とは言え、さほど複雑ではない。


 侵攻ルートと予想される主街道正面にスプレンド将軍が率いる三〇〇が布陣。

 残りの九〇〇をサイード将軍が率いて側面に伏せる形となる。

「なぜ兵を分けたですか?

 以前『大軍は大軍の戦い方がある』というような話を聞いた憶えがあるのですけど」

 この布陣をざっと紹介され、エルシィは虚空モニター向こうの将らに訊ねた。

 つまり「相手の数倍の兵力があるなら下手に策を弄さず正面から粉砕せよ」という話である。

 これは兵数が多くなるほど細かい動きが難しくなるので、あまり策を練りすぎると逆効果になりかねない。という面も含んでいる。


 スプレンド、サイード両将は一度顔を見合わせてから説明する役を譲り合うようにしてから再び主君を仰ぎ見る。

 説明役は結局スプレンド将軍がすることになったようで、彼が口を開いた。

「互いに向き合って始める会戦であればその通りです。

 が、今回は会戦ではなく迎撃戦であり、またこちらにも目的がありますから」

「『再侵攻を考えないくらい適度に叩いて追い返す』ですね?」

「そうです」

 スプレンドは頷き、そして続ける。


「まず第一目標として、我々はバルカ軍と適度にぶつかり合ってすり減らさないといけないのですが、最初から全軍で待ち構えていたらどうなるでしょう」

「あ、そうですね。

 四〇〇対一二〇〇だったら、よっぽどのことがないと逃げますね」

「でしょう?」

 気づいたエルシィの回答に、スプレンドはニッコリ笑ってハナマルを宙に描いた。

 お株を奪われ、エルシィは「えへへ」と苦笑い。


「そういう訳で、正面の見えるところにバルカ軍より少数で布陣し誘引します。

 その後、ある程度深くまで誘い込んでから、残り伏兵で襲撃します」

「なるへそ、かんぺきですね!」

 エルシィは満面の笑顔でぺかーと称賛した。

 聞いていた執務室の面々も、特に口を挟むほどの強い意見反論はなかった。

 一部「へそ?」と首をかしげる者もいた。


「さぁ、ねこ耳忍軍(しのびしゅう)からの報告でも特に進路変更などなさそうですし、そろそろバルカ・トラピア両軍が国境を越えますよ」

 そうして展開と布陣が終わってしばらくすると、エルシィはそう言って執務仕事の手を完全に止めた。

 ただ野次馬的に観戦するのではない。

 一応、不測の事態があれば全体を見渡せる位置から、情報を将軍たちに知らせる為の観戦である。

 つまりこれは主君としてのお仕事なのだ。

「! バルカ・トラピア両軍が国境を越えました!

 『イニティウム(状況開始)』です!」

 エルシィが元帥杖を掲げてそう宣言すると、何か淡い光の幕の様なモノが、戦場の遥か上空に広がったように見えた。


 その直後、トラピア子爵国軍三五〇はデニス正将率いる二〇〇の群に突撃を始め、バルカ男爵国軍四〇〇は猛スピードで後退を始めた。


「……え?」

 対バルカ国戦線を映し出す虚空モニターには『フィーニス(状況終了)』の文字がカットインされ、執務室でこれを見ていた者たちの目がすべて点になった。

Q、なぜデーン国戦の時は『イニティウム(状況開始)』しなかったですか?

A、緒戦は慌ててたので。再戦時はエルシィが寝てたからです

続きは来週の火曜に

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― 新着の感想 ―
バルカ男爵国軍は、何故全力で撤退したのか? 同時侵攻というのは近隣国家と表面上同調しただけで、被害を一兵たりとも出さず、一応兵は出したと釈明するための偽装なのか? それとも、セルテ側の策を見破ってのこ…
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