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452生きていたのか

「ではトラピア子爵国に対する遅滞戦闘はデニス正将にお任せします」

「承りました」

 エルシィからの命を受け、澄まし顔のデニス正将は恭しく腰を折った。

「すると拙者はまたスプレンド将軍と共に本隊勤務ですな。

 よろしく頼み申しますぞ、将軍殿」

 その様子を後方腕組みで眺めていたサイード正将がなぜか満足そうにそう言う。


「さて」

 サイード正将にはほどほどうやむやに頷きいたスプレンド将軍が、思考を切り替えるように言葉で区切る。

「遅滞戦闘を任せるにあたり、デニスにいかほどの兵を与えましょうや」


 こう言われ頭を上げたデニス正将は、しばし自分の顎を撫でて思案する。

「トラピア国軍が素直に街道から攻め上がってくれるなら砦が使えますので二〇〇もいれば充分でしょう。

 しかしデーン国の様に別の思惑もかねて旧街道などを使うようなら……」

 これで各々はつい先日終結した対デーン国戦を思い出し苦い顔をする。


 勝利は収めた。

 が、パーフェクトに完封したとも言い難い気分である。

 デーン国がまさか初手からして略奪の道に走るとは。


「それについては前回の反省も踏まえ、間諜さん(しのびしゅう)との連絡を密にしております」

「ではまだ遅滞防御部隊の人数は確定せずにおきましょうか」

 エルシィもまたあの失態を思い出しつつ重々頷きながら言えば、スプレンド将軍もまたそう言葉を付け足した。


 これが他の国であればもうこの時点、いやもっと前の時点で決断を下して兵を送っていなければ間に合わない。

 だが、ことエルシィ率いる鎮守府勢であれば、それこそ街中の隣地区に移るくらいの気軽さで国内の戦闘予定地まで軍を送れるのだ。

 であればギリギリまで見極めるのも悪くないだろう。


 と、そこに今話していた者たちとは全く別の場所から声がかかった。

「エルシィ閣下、トラピア軍が主街道から外れることは十中八九無いでしょう」

「そうなのですか?」

 集まっていた将たちは少しばかり驚いたが、エルシィは平常な表情のままにその発言者の方を見る。

 発言者はエルシィの執務机から少し離れたところで小忙しく政務に励んでいた文官衆の中から出て来た眼帯の青年だった。


 軍事に関しては自分らの方が専門であるという自負が強いため、サイード正将が少し反発ぎみにかの者を睨みつけようと振り返った。

「文官がずいぶんハッキリと……いや、これは」

 振り返り、その者の姿を見た途端、その言葉尻がしぼんだ。

 そう、彼はただその辺にいる文官とは明らかに違った。


 いや誤解無いように言っておくが、エルシィの執務室で政務に励む文官たちはそんじょそこらの文官とはわけが違う。

 各司府から派遣されたよりすぐりであったり、エドゴル元侯爵の侍従だったような者たちだ。

 どれも面構えの違うエリートである。


 であれば、そんな中から出てきたこの眼帯の青年が、エリート文官たちとどう違うかと言えばまず立ち振る舞いだった。


 エリート文官たちもおおよそは良家の出であれば、立ち振る舞いに賤しさなど微塵もない。

 だが、その眼帯の青年の立ち振る舞いとなれば、これはもう貴顕のそれである。

 つまり彼はエルシィと同じくいずれかの貴族の一門衆と察することができる。


 サイード正将も一瞬でその違いを察することができる程度には良家武門の出である為、戸惑ったわけだ。

「ご主君様、その……彼、いやこのお方はどなたでござるか?」

「ああ、ご紹介がまだでしたね」

 エルシィはサイードの様子に思い至った風でポンと手を叩き、自分の身体をすっぽり包み込むような執務用の椅子からよっこいしょと降り、その眼帯の青年の傍らまで歩み寄った。


「紹介しましょう。

 彼は故トラピア子爵の長子に当たる、フォテオスさんです」

「トラピアの太子殿下ではござらんか!?」

 そう、彼は国元ではすでに殺害されたと見られている太子殿下であった。


 いや、すでに死亡とされているため太子の地位は四兄弟の末弟に移っているので、正確に言えばもう太子ではない。

 ではなぜ死んだと目される彼が生きて、そしてここにいるのか。

 確かに彼はトラピア国騎士府長サイの手にかかって死んだのではなかったのか。


 これにはカラクリがある。


 トラピア国騎士府長サイが故トラピア子爵の次子を伴って太子フォテオスの執務室を訪れる少し前の話である。

 旧ハイラス伯ヴァイセルと行動をともしていた草原の妖精族(ケットシー)は、トラピア国を戦争に引き込むため反戦派であった太子フォテオスをかどわかし、仲間の一人が変装術で彼に成り代わった。


 そこへ直談判にやってきた騎士府長サイ氏の魔が差し、草原の妖精族(ケットシー)扮する偽フォテオス氏が殺害された。というワケである。


 その後、本物のフォテオス氏はアントール忍衆(しのびしゅう)の手によって奪還され、あれよあれよと成り行きでセルテ領まで運ばれてきたという経緯である。

 彼の片目を隠す眼帯は、この誘拐劇の間に負った傷だ。


 そんな彼が続けて言う。

「トラピア国軍を率いるサイ騎士長のことは私もよく知っております。

 功名心が強い……いや功名心が服を着て歩いているような男です。

 近隣諸国も注目するであろうこの戦いで、まず略奪に走るような真似はしないでしょう」

「なるほど、功名心が強いゆえに、(いくさ)も正々堂々、ということでござるか」

「ならば砦での迎撃戦。部隊には二〇〇で充分でしょう。早速編成にあたります」


 と、眼帯の青年フォテオスの言葉を受け、軍人たちもにわかに動き出した。

 それを端目にしながら、フォテオスは畏まってエルシィに向き合う。


「エルシィ様。このフォテオスに恩を返す機会をお与えください」

「と、いいますと?」

 エルシィはおおよそ彼が何を言うか予想しつつも、そう訊き返した。

 フォテオスは小さく頷いてから、彼の希望を口にした。


「デニス正将と共に国境砦に行くことをお許しいただきたい。

 トラピア国のことはここにいる誰より解っていると自負がありますゆえ、必ずやお役に立てるかと」

来週は火曜が祝日にあたり書いている余裕があまりないと思われるので、続きは金曜日に更新します

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― 新着の感想 ―
簀巻きにされたまま行方不明になっていたフォテオス氏は、既にエルシィの元に下ってたのですね。 あのままどうなったのだろう? と思ったまま忘れてましたw トラピア方面は盤石に見えそうですが、またなんかおか…
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