451鉄壁の
一つの戦いが終わった。
戦後処理などいろいろ頭が痛いところではあるが、ひとまずは終了と言っていいだろう。
というところで、セルテ侯爵領将軍府及び騎士府の面々はエルシィの作った虚空ゲートを通って領都て帰ってきた。
このゲートを開く上でも、少しだけ悶着はあった。
「エルシィ様! 戦闘終結したとはいえ、まだどこに残党が潜んでいるか。
ゲートは便利ですがそのためにエルシィ様が戦場へ来るのはお勧めできかねます」
と、これは三〇〇の兵を率いて見事デーン国勢を一度退けたデニス正将だ。
この三〇〇というのがゲートを遣わず移動できる上限だったということもあり、またゲートを使うのは曲者がエルシィを襲う危険を鑑みてのことだった。
ところがこの進言にエルシィは「たはは」と苦笑いをこぼした後、申し訳ない顔でのたまった。
「よく考えたらこっちからゲートを開けば、わざわざわたくしがそっちに行く必要なかったのですよね。
いやぁ、わたくしも焦っていて頭がちゃんと回ってなかったようで申し訳ございません」
そう、元帥杖で開く虚空ゲートは何も一方通行ということはない。
であればどっちから開いても同じなのである。
「エルシィ様、主君が軽々に頭を下げるべきでは……」
軍人たちが「あー……」と顔を見合わせている間にキャリナからこんな苦言も出た。
出たが、エルシィは何も受け付けない笑顔で「ん?」と首を傾げたので、キャリナもあきらめて口をつぐんだ。
と、一度納得しかけてからさらに首をかしげるのは、今回の戦闘ではあまり活躍の場がなかったサイード正将だ。
彼はそんな自分の境遇に特に不満はなさそうな顔で疑問をぶつける。
「しかしそれでも、光の門を通る我らに刺客が混ざっておれば、ご主君に危険があるでござろう」
確かに。と何人かが頷いた。
これにもエルシィは「たはは」と苦笑いをこぼした。
「そもそも虚空ゲートを通れるのはわたくしの家臣だけです。
ですから内戦戦略に組み込まれた兵隊さんは皆さんわたくしの直臣になっていただいたのですよ」
つまり刺客が混ざっていても、虚空ゲートを通る時点でボインと跳ねられるわけである。
事実、納得して領都へ戻る列の中で数人がボインと弾かれ「曲者だ! 捕らえろ」とやられた。
こういう経緯で無事虚空ゲートは開かれ、将軍府兵およそ一五〇〇と騎士府の十数騎が領都に戻り、一度解散となる。
もちろん彼らは次の招集があればすぐに戻れるよう「待機」という形だ。
それでも戦地の近くで野営するのに比べれば、自分の家や寮の部屋に帰宅できるのは、身体的にも精神的にも圧倒的に楽だ。
ゆえにこの流れを歓迎しない兵は一人もいなかった。
その中で、およそ半日だけの休息ですぐに招集をかけられた者たちがいる。
スプレンド卿をはじめとした「将」と、騎士府長であるホーテン卿だ。
エルシィの執務室に集められた面々は、滞りなく執務を進めているキャリナやエドゴルの元侍従たちを目端にしながら、エルシィの執務机の周りに集まった。
ここにはエルシィの近衛であるヘイナル、それから青年宰相と呼ばれるライネリオなどもいる。
ちなみにアベルは今の時間、ヘイナルと交代でドア前で門番係である。
「それで、もう次が国境を越えますか?」
そう話を切り出したのはスプレンド卿であった。
戦中ゆえにたった半日の休みであっても特に不満はないが、こうして早々に呼ばれたからにはやはりそう言うことなのだろう。
エルシィは今しがたまで目を通していた国政に関する紙束をトントンとそろえてわきに置くと、机の上に肘をついて手を組んだ。
「まだ二日ほど猶予はあります。
ですが、今度は進軍の様子からおそらく二国が同時に国境を越えるでしょう」
今回の戦争では相手側から特に宣戦の布告はない。
四国同盟側からすると「悪逆の鉄血姫から自国を守るための戦い」と定義づけられているので、そもそも布告などする必要がないと考えているのだ。
とんだ詭弁ではあるが、そうでもして奇襲をかけないと勝ち目が減るゆえ、同盟に参加する国の首脳の誰もが正論など口にすることはなかったのだ。
ちなみに一応、彼ら四国の連合間でも連携を取るために「蚕の月某日に時を合わせて国境を越える」という取り決めはあった。
が、そこは互いに即時通信ができるツールがあるわけでもなし。
それぞれがそれぞれの都合や思惑もあって、国境越えの期日は前後にズレている。
具体的に言えば「うちは最後に攻め入ろう」「先に攻め入って良いところかっさらおう」「兵の練度が低すぎて行進がままならない」などなどだ。
ともかく、そうした前後のズレがあるからこそ、エルシィの立てた内戦戦略も機能するというモノだったわけだが、今回は色々な思惑を超えて二国が同時にやって来そうだという。
つまり、二国が同時に来そうなのでどうしようか? という相談の為に将たちを招集したワケだ。
「先のデーン男爵国戦でしたように少数の分隊と大多数の本隊に分け、少数の分隊が片方に対し遅滞戦闘を仕掛けている間にもう片方を本隊が破る。
まぁこれが我が国の内戦戦略的にはセオリーとなるわけですが。
であれば、どなたがどれだけの兵を率いて遅滞戦闘に回るか、と相談しようと思いまして」
エルシィは今回の招集について趣旨を説明した。
各将は互いの様子を見るように「ふむ」と腕を組んで考える。
特に誰も何かを言い出さないと見て、その中からデニス正将が小さく手を上げた。
「そう言うことであればまた私が分隊を率いて遅滞戦闘を担当しましょう」
「おや、良いのですか?」
エルシィは少し意外そうにきょとんとしながらデニス正将の顔をまじまじと見る。
先の戦闘の実績を見ればデニス正将に任せて特に不安はないが、それはそれで彼ばかりに重荷を背負わせているようで、少し後ろめたくあった。
が、彼は割と気にした風もなく、逆にいい顔で大きく頷いた。
「もちろんです。
演習でも私は『鉄壁』と呼ばれるくらいには防御や遅滞戦闘が得意なのですよ。
『鉄壁デニス』とでもお呼びください」
「それ以上はいけない」
思わず何かを思い出してそう言ってしまったエルシィに、デニス正将は本気で分からない顔で首を傾げた。
続きは金曜に