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450ひとまず

 ブリッセン男爵。

 どうだろうかこの響き。いや無いな。

 一族一門の者は喜ぶかもしれないが、あのうすら寒い痩せた国土を差配するなど俺の器量ではとてもとても。


 エルシィからの言葉を受け、ブリッセン卿は一応考えてみた。

 が、武人としての人生しか歩んでこなかった自分が為政者になるなど、どうあっても想像つかない。

 やはりここは何とか男爵継嗣を盛り立て、後は今いる側近や司府の中から使えそうな者を選んで任せるしか他はない。

 気を付けるべきはセルテ領に再侵攻しようなどとバカげたことを考える者を要職に就かせないことだな。


 ブリッセン卿はそう自分の考えをまとめて顔を上げた。

 エルシィの申し出を受け、国元に戻りひとまず何とかまとめる努力をする覚悟を決めたわけだ。


 と、そうすると目の前の虚空モニターの向こうに、一人中年の男が増えていた。

 誰だ? いや、どこかで見たことある。あれは……。

 思い出しかけたところで、画面向こうの少女侯爵がコホンと咳払いして口を開いた。

「ブリッセンさん。あなたの不安はよくわかります。

 そこでわたくしから心強い助っ人のプレゼントです」

「ヤニックです。お久しぶりですな、ブリッセン卿」


 そう、それは元デーン男爵国外司府対セルテ局長であった外交官ヤニックであった。

「あ、そうか! ヤニック! なぜおまえがここにいる!?

 まさかセルテ侯国のスパイだったのか!」

 ブリッセン卿もデーン国の中枢にいた人間である。

 政治からは極力距離を置くようにはしていたが、それでも政府の要人と顔を合わせることがない訳ではない。

 それが外国との折衝を行う外司府の高官であればなおのこと。


 そしてそのデーン国の高官だったはずの男が、今、その少女侯爵の家臣よろしく畏まっているのだ。

 「いったいこの鉄血姫はいつからデーン国を嵌めようと画策していたのだ?」などと一瞬邪推してしまうのも仕方ない。

 もちろんエルシィがデーン国を手に入れるために何か謀った事実などない。


 だがその邪推はすぐに打ち砕かれる。

 当のヤニックが嫌そうな顔で語ったからだ。

「スパイなどとは心外ですな。

 デーン国の外司府に勤めていたころの私は男爵陛下に心底忠誠を誓い、それはもうデーン国の御為、心身を尽くしてお仕えしていましたとも。

 その私をありもしない疑惑にかけて追放したのは男爵陛下の方です」


 そんな話を聞かされると、故デーン男爵の人柄を思い出して「ああ、あり得るな」と思わざるを得ないブリッセン卿であった。


 かくしてブリッセン卿はヤニックという参謀を得てデーン国へ帰った。。

 頭痛の種の一つだった(くだん)の逃散兵たち、すなわちデーン男爵を討った者たちは、ヤニックの勧めでセルテ領にゆだねることとなった。

 ヤニックはこう言った。

「どうせ連れ帰っても奥方様からひどい目にあわされるのは判っています。

 であれば騎士府長が現場責任者の権限で、この場で追放刑に処せばよろしい。

 あとは常々人手が欲しいとおっしゃっているエルシィ様のいかようにも」


「ああ、なるほど。

 そう言えば農村で二期作二毛作を始めるにあたって、農業経験者の手はあって困ることはありませんね」

 と、エルシィも納得して引き受けることになった。

 裁くのは面倒だが、誰かが裁いた後にその身柄を好きにしていいと放逐されるなら、働き口はいくらでもあるのが鎮守府の現状なのだ。


「いえ、もちろん奴隷の如く扱うなんてしませんよ?

 ちゃんと働いた分は報酬も払いますし、なんなら働き如何では管理しきれていない農地などを任せてもいいと思っています」

 そしてこれはいつの間にか追放刑が決まった逃散兵たちに懇願の目を向けられての言である。

 逃散兵改め追放者たちはホッとしてエルシィへの感謝と忠誠を口にした。



 さて、こうして一つの戦況が片付いたところで、ほんの少しだけ閑話を挟もう。

 これはデーン男爵国が国境を越える少し前。つまり実質的な開戦前に某所での某要人たちの会話である。


「のう、エルシィ様は今度四ヵ国を相手に戦うらしいではないか」

「らしいわね。あたしたちに話が回ってきてないところを見ると、出番はなさそうだけど」

 執務室らしい部屋で二人の少女がそう言葉を交わした。


「それはつまら……いや忠誠を示す機会が無くて淋しいことじゃの」

「まぁこっちは製油施設に製塩施設、あと艦船建造とやることいっぱいあるからね。

 そっちでいくらでも示せばいいじゃない」

「そうは言うがの。やはり海賊の花は戦いあってこそじゃろう」

「もう海賊やめたんじゃないの?」

「ふん、海賊とは生き方じゃ。簡単に辞められるものではない」

 特にちいこい方の少女がそう憮然として頬杖を突く。


「……いうておぬしも退屈なのではないか?」

「……あら、わかる?」

「わからいでか。おぬしも日常に埋もれて満足する性質(たち)では無かろうよ」

「そうは言ってもねぇ」

 笑みを浮かべたもう一人の少女だったが、小さなため息とともに主君の顔を頭に浮かべる。

 今は事業を軌道に乗せる方が大事。

 以前エルシィからはそう言われた。

 彼女もそれを納得しているから、今回はおとなしくしているのだ。


「のう」

「なにかしら?」

「いっそ、エルシィ様の戦略をお助けするために、わしらも出兵せんか?」

 少女の耳に、やけに甘美な蜜が流れ込む。


 一応抵抗しようと、否定らしき言葉を口にする。

「海賊が(おか)で戦うワケ?」

「いや、もちろん海じゃが?」

 そう言ってちいこい方の少女は地図を広げ、海路を指さした。

「なるほど、面白いわね」

 二人の少女は顔を見合わせてニヤリと笑った。

続きは来週の火曜に

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― 新着の感想 ―
侵攻してくる相手が四ヶ国で、やっと一国を相手に戦線を片付けられただけなので、援軍はありがたいはずなのですが、応援に来てくれそうな味方が物騒すぎるので、過剰な被害を出さないか? 非常に心配になってしまい…
エルシィちゃんから見るとこういう動きって事前の相談が無いと 猫が足がちぎれてバラバラになりかけたGを目の前に咥えて持ってきて「褒めろ!」ってやってる感じだと思うw
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