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49どうするデーン国

「え? デーン男爵が落ち武者狩りでお亡くなりに?」

「おち……まぁそう言う感じです」

 エルシィは起き抜けやってきた執務室で虚空モニター越しにそう報告を受けて絶句した。

 報告を上げている相手はスプレンド将軍だが、その横には気まずい顔のホーテン卿もいる。


 寝て起きたら戦闘終結していたまでは想定済みだったが、まさかわざわざ逃がしたはずのデーン男爵が自国民にコロコロされるとは女神様も思うまい。

 いや、あのちょっと考え足りなそうな女神であれば当然そんなことは想定していないだろうけど。


 などと他ごとに思いを馳せて気を落ち着かせたエルシィは、もう一度スプレンド将軍の報告を思い起こした。


 戦闘終結までの流れは良い。

 これに関してはイレギュラーもあったが、聞いている限り鮮やかなモノだった。


 ところが、である。

 残ったデーン軍の降伏と引き換えにデーン男爵を逃がしてみれば、どうやらお国の領都への帰途上で討たれたというから目も当てられない。


 これがどうしてわかったかと言えば、虚空モニターに映るスプレンド卿たちの後ろに平伏している粗末な装備の兵たちからの()()()()によるものなのだ。


 つまり落ち武者狩りした本人たちが「エルシィの敵を討ったのだから褒美をくれ」てなモノである。

 少々呆れないでもないが、日本でも戦国時代まで遡れば落ち武者狩りは合法であり、時には奨励さえされたのである。

 時と場合で合法非合法が変わる事例である為、エルシィも判断に困ってしまうのだ。


 困ったので側近に訊いてみる。

「ええと、こういう時はどうしたものですかね?」

 振り向かれ訊かれた最側近の侍女頭キャリナは「ええと」と困った顔で視線を泳がせる。

 宮中のことならなんでも答えられる彼女だが、こと戦争については何も知らないお嬢様である。

 訊かれたって困る。


 それは泳がせた視線の先にいる宰相ライネリオも同じはずだが、それでもさすがに彼はいつものスマイルをうかべて手元のぶ厚い本をめくった。

 これはどうやらエルシィたちの所属するジズ公国の法典書のようだ。


「公国法によれば主君殺しは極刑に処される大罪です」

 この公国法は旧レビア王国法に基づいてローカライズされたものなので、同文化圏の国々ではだいたい同じ法がある。

 つまりジズ公国で大罪ならばデーン男爵国でもだいたい大罪に値するのだ。


 さらりと出たそんな言葉に、平伏していた雑兵たちはびくっとした。

 褒美をもらえると思ったらまさかの極刑。

 ヤバイ雰囲気に冷や汗が背筋を伝う。


 まぁこれは当然と言える。

 平時に主権者である主君を殺すなどという行為が合法であれば、そもそも国の運営が安定しないだろう。

 そう、あくまで平時の話だ。


「ですが戦場において敗残兵は往々にして治安を乱す者。

 であればそれを狩るのは国民にとっては生存権に関わるゆえ、慣習法で許されていたはずです。

 その狩った敗残兵が手柄首であれば、褒美が下賜されたと言う例も往々にありますね」

 と、この辺はさすがに戦場の法について詳しいスプレンド卿が言葉を添えた。

 これには雑兵たちもホッと一息である。


 ちなみに生存権と言っても、今日我らが知る基本的人権などと言う生易しいものではなく、せいぜい「生きるために仕方がなかった」くらいの解釈だ。

 その仕方がなかった状況でどの場合なら許されるかを定めるのが慣習法というモノだった。


「平時なら違法。戦時なら合法と言えるわけですねぇ……。

 あれ、ちょっとまってよ?」

 悩みつつ、エルシィはひとつ引っかかって首を傾げた。

 此度の落ち武者狩りはデーン男爵国でデーン男爵国の国民が、落ち延びて来たデーン男爵を弑たという事件である。

 そして法とは基本的に国内で適応されるモノ。

 であれば。

「あ、つまりコレ、わたくしが裁定するモノではないのでは?」

「はい、これはデーン国にて裁定されるべき話ですね」

 そう言う気付きを経て、エルシィはライネリオからハナマルを貰った。


 つまり面倒ごと起こしやがって、国に帰って裁かれろ。

 である。


「お待ちください!」

 と、そこへまた別の人物から物言いが入った。

 ホーテン卿の傍らで縄をうたれて控えていた中年の武人である。

 彼はホーテン卿の勧告によって降伏を受け入れた、デーン国騎士府長であり今回の進軍の指揮官であったブリッセン卿である。

 彼のことはすでにホーテン卿から簡単な紹介を得ていたので、特に咎めるでもなくエルシィは小さく頷いて発言を許した。


 ブリッセン卿は縛られながらも身を屈めてなるべく礼を欠かないようにという風で言葉をつづけた。

「今彼らをデーン国に戻しても主権者であるデーン男爵がおりません。

 つまり、裁定するべき方がいないのです」

「ああ、そうでしたね」

 エルシィはこれを聞いて黄昏るように横を向いた。

 やっぱり私がやらないとダメなのかー。と言いたげである。


 これを汲んでか汲まいでか、宰相ライネリオが横から口を挟む。

「デーン男爵にも継嗣くらいいるでしょう。

 すぐにでもその方に男爵位を継がせたらよろしい」

 言われ、ブリッセン卿は気まずそうに目を伏せて答えた。

「その、いるにはいるのですが。

 殿下はまだ九歳にあらせられ、またご母堂様は政治に一切関心のない方でございます。

 とてもではありませんが……」


 つまり継嗣本人もまだ無理なら後見者たる親も無理そう、と言っているのだ。

 おそらくこの様子では他の側近も当てにならないのだろう。

 まぁ九歳であればエルシィと同い年なのだから何とかせい、と言えないことも無いのだけど、中身が大人であるエルシィにはとてもじゃないがそんな無体は言えなかった。


 ライネリオや他の側近は「そんなこと知ったことか。所詮は外国の話である」という顔だった。

 今回戦争を吹っかけて来たのも向こうなら、最終的に困るのも向こうなのだ。

 そこまで面倒見切れない、というのが彼らの心情である。


 ところがエルシィはそうでもなく、困った顔で「うーん」と唸っていた。

 彼女、いや(丈二)の経験上、こういう時に放置すると、問題がもっと面倒になってから世話する羽目になるというのをよくわかっているからだ。

 だったら最初から手をかけておいた方がいい。


「そうだ、良いこと考えました!」

 と、ポンと頭上に電球でも浮かべそうな勢いで顔を上げたエルシィは、元気よくモニター向こうのブリッセン卿を指さした。

「あなた、ええと、ブリッセンさん。

 そうあなたがお国元に戻って何とかしてきてください。

 何ならそのまま男爵位を継いでもらってもいいですよ」

「……この嬢ちゃん、無茶苦茶言いよる……」

 まさかの提案に、ブリッセン卿は思わず素でそうつぶやいた。

ちなみにブリッセン卿が男爵になった場合でもいわゆる印綬による継承ができるかは別の話です

印綬継承ができるのは貴種の血を引いていることが条件なので

続きは金曜日に

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― 新着の感想 ―
ブリッセン卿騎士団長から国王になれと言われるとは…… 普通の9歳の子供には一国の頂点を差配できるはずもなく、代わりに領主を務められる人材もエルシィの手元にはいない訳で、こうなったら継嗣が成人するまでは…
でも実際には、ブリッセン卿がデーン男爵国を9歳のお子様を旗頭にして立て直すか、エルシィちゃんに保護国にして貰うしか選択肢は無いのでは… 後者の場合は男爵としての爵位継承は認めるが国家としては承認せず、…
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