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445騎士と農兵

 鬼騎士ホーテン。

 その界隈に住む者の中で彼の武辺を疑う者はあまりいない。

 あまり、というのは結局のところ伝え聞いた情報ゆえに「大げさに言っているのだろう」と取り合わぬ者もいるからだ。


 そしてそれはあくまで武人の情報を見聞きする立場にいる者の話であり、デーン男爵国軍に所属しながらもそんなことは知らないという者たちがいる。

 そう、徴募によって召集された農民兵たちだ。


 彼らは今、生き延びること、または男爵陛下を逃がすことで家族に栄富をもたらそうとに躍起になり、目の前に立ちはだかった障害について深く考える状態になかった。

 ゆえに、セルテ侯爵領軍の包囲網を抜けた一団のうち、さらに一部の者たちが突出した。


「騎士がなんぼのもんじゃい!」

「こちとら毎日牛馬の世話しとんじゃい!」

 主に酪農の為ではあるが、まぁそれも馬には違いない。


 そんな頭に血が上った農民兵を見て、対するセルテ領騎士府を与る鬼騎士ホーテンはつまらなそうに鼻息を吹いた。

「よし、シモン。お前に任す。

 騎士数名はシモンを()()しながらアレらを蹴散らせ」

 つまりホーテンは自分が相手したくなるような武辺者が、突出集団の中にいないと判断してやる気をそがれたのだ。


「よっしゃー!」

「承知!」

 シモンとセルテ領の老騎士たちは、それぞれが受けた命令を正しく理解した。

 つまりシモンは「先鋒を任せた」と受け取り、老騎士たちは「シモンの手綱をちゃんと握っておけ」である。


 さて、少しだけ話が逸れるが、この老騎士たちがどういう者なのかザッとおさらいしておこう。

 そもそもエドゴルが侯爵として率いていたセルテ侯国時代の騎士府はどういう存在であったかと言えば、将軍府や警士府、近衛府に置いて功績がある者たちが引退間近になって就く名誉職であった。

 なぜそうなったかと言うとセルテ侯国では将軍府の存在感が強すぎて、騎士府本来の職務がほぼ失われていたからである。


 そんなセルテ侯国がジズ公国に降りエルシィがその政務を取り仕切るようになると、「うちには騎士さんを遊ばせておく余裕なんてありません」との言葉によって仕事を割り振られた。


 主に将軍府は国防。警士府は治安維持。そして騎士府は地方へと職務で赴いた警士たちの監査や指導。それから野盗や反抗分子の討伐が職務となった。


 そうなると騎士府の待機室で日々茶をすすっていた老騎士たちは本当に引退し、まだまだ若いものに負けんと血気溢れる老騎士は新騎士府長ホーテンの元に参集し国内の巡回へと赴いた。


 さらにそこに将軍府や警士府からはねっかえりが何人か騎士府へと席を移した。

 これは功績や武力、人格を認められたからではなく「おまえちょっと鍛え直してもらってこい」と言った具合ではあった。


 つまり将軍府にいたシモンがここにいるのはそういう訳である。


 さてさて、騎兵と歩兵の激突となれば、普通は騎士がその機動力をもって断然有利になりそうなものであったが、「普段牛馬の世話をしている」というだけあって農兵もなかなかであった。

 すなわち、暴れ馬でもいなす様に、騎士の馬を封じにかかるのだ。


 具体的に言えばロープの両側に(おもり)を括りつけた道具を騎馬の足元に投げつけ、脚が止まったところで数名が四方八方から伸し掛かる。といった具合だ。

 この道具はボーラと言って狩猟などに使われる為、農夫たちにもなじみが深い。


 颯爽と駆けて行ったシモンもさっそくこれにやられて歩兵となり下がった。

 とは言え単純な武術の腕で勝るゆえに本人がタコ殴りにされるという難は逃れた。


「あー! その馬高かったんだぞ!?」

 倒れたところにとどめを刺された自分の愛馬を見てシモンは頭を抱えた。

 なにせ良い軍馬一頭買うとなると、自分の収入の一、二年分は軽くかかるのだ。

 我々の世界で言うなら、ちょっと高級な自動車を買うようなものである。


 こうして騎士数名と農兵数十名による乱戦は一進一退の状況となった。

「まったく、なっとらん」

 ホーテンはそんな体たらくを晒している若武者たちに愚痴をこぼし、難を逃れつつ外側から着実に敵を攻撃している老騎士たちには満足そうに頷いた。


 この状況に頭を抱えたのはシモンだけではない。

 デーン国軍の指揮官である騎士府長もその人だ。

「わー、バカ! 軍を分けてどうするというのだ!?

 ここはこれまで通り一塊で突破するところだろうが!」


 そう、彼らの目的は今や敵軍の撃破ではなく、デーン男爵を守り何とか国元まで逃がすことなのだ。

 であれば目の前の騎士などまともに相手せず、軍団としてブチかますべきなのだ。


 ところがこうなってはもう遅い。

 自軍の真ん中に押し込まれているデーン男爵も自分の守りが薄くなったことに顔を蒼くしている。

 であれば、次善の策で何とか乗り切るしかない。

 ただ次善の策と言っても一か八か。いや、万に一つというモノではあるが。


「ジズ公国において名高きホーテン卿とお見受けする!

 私はデーン男爵国において門地を頂くブリッセン家の当主である。

 この場で出会ったこの好機にて、一騎打ちを申し込みたい!」


「……ほう」

 離れた位置で乱れた騎士と農兵の戦いをつまらなそうに眺めていたホーテンは口角を上げる。

「よかろう。

 デーン男爵国の武、しかと見せよ!」

続きは金曜に

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― 新着の感想 ―
前回の感想返しで作者様が仰ってた「ホーテン卿が面白がって勝手に突出した」という話がどうも真実味を増してる様な気がしますw 結果的にデーン男爵国には痛撃を与えることになりそうですし、それはそれでスカッと…
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