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442かこまれる

 一時、心胆を震え上がらせたデーン男爵と騎士長であったが、すぐにブルンと首を振ってその恐怖心を振り払った。

 払い、わざとらしく大声を上げた。

「ええい、たとえあの鉄血の悪姫が妖魔の類を操るとしてもだ、それが小者の一匹や二匹であればどうということはない。

 進軍を続けるぞ!」

「はっ、ご命令とあらば!」


 これは自分たちの心の魔を打ち払うと同時に、従う兵たちに対しての鼓舞でもある。

 つまり「上が頼もしければ恐怖も薄らぐ」というものだ。


 そうして改めて出した偵察がすぐに戻ってくると、暗い夜街道の先にある赤い光の正体が判った。

「およそ三〇〇の守兵がおります。

 例の逆茂木柵もありますので前線を押し上げて来たのでありましょう」

 まぁこれは予想していた通りではあった。

 予想通りなのだから基本戦略は変わらない。

「よし、油と火矢を。逆茂木柵に火をつけて、その後に突撃だ。

 なに、こちらの方が多いのだ。火計で混乱した三〇〇の兵など蹴散らしてやれ」


 デーン男爵の指示下、騎士長はすぐに士官たちに合図を出す。

 先に取り決めていた作戦なので、後の行動はスムーズだ。


「火矢構え、撃て!」

 三〇〇の兵から抽出された弓兵が号令一下で矢を放つ。

 弓の技術を習熟するには月日がかかるし、そんな習いを行える者など裕福な家か代々の軍家くらいのものである。

 ゆえにデーン軍においても弓を扱えるのはほんの一握りだ。

 そんな者らが放った十数の矢でも、炎を巻いている為に夜闇の中ではよく見える。


「偵察兵、効果測定せよ」

「およそ八割が敵陣に届いた模様!」

「逆茂木柵はどうか。火は燃え移ったか?」

「はっ……いえ! 盾板で防がれました!」

「なんだと!?」


 よく見える、ゆえに準備さえしていれば対抗もしやすいというモノである。

 セルテ側の守兵は飛んできた火矢を見止めると、すぐに逆茂木柵の隙間から粗末な板を前面に押し立てて矢を受け、そして燃え広がる前に板を倒して押しつぶした。

 こうなると火矢も形無しであった。


「ええい、次弾放て」

「ダメです。なけなしの油を使ってしまったので、撃ってもただの矢です!」

「戦いのセオリーを知らんのか、火がなくたってまずは矢だろうが」

「はっ、そうでした!」


 と、十数の弓兵がアワアワと次の矢を弓に(つが)えようとした時だ。

 その弓兵の横っ面からひゅっと音を立てて雨のように矢が飛来した。

 その数、デーン軍弓兵の五倍はあろうか

「ぎゃ……」

 数名がその矢を身に受けて横転する。


「何事だ!?」

 騎士長は前を向いていた故、弓兵を襲った不運を一瞬理解できなかった。

 それでも不意の悲鳴に振り返り、数名が倒れているのを見れば予測がつく。

「また伏兵か……しかし前方の守兵は三〇〇と……」


 先の激突で逆茂木と共に守っていたのは一〇〇程度だったが、その分左右に伏兵がいた。

 そしておおよそ数えただけではあるが、それらの総数を騎士長は三〇〇とみていた。

 であれば、今、横から襲った弓兵はいったいなんであるか。

 矢の数を見る限り、少なくとも一〇〇を下ることはないだろう。

 計算が合わないのである。


 マズい、と思った。

 敵が想定より多いというだけでなく、その数が判らない。

 そして判らない数の敵が左右に伏せている可能性がある。

 さらに言えば元々数が少ないはずの弓兵があれだけいるなら、ザッと掛け算しても敵の総数は一〇〇〇いてもおかしくない。


 つまり。

「偵察兵、左右に……」

 騎士長は嫌な予感に内心警鐘を鳴らされっぱなしでそう命令を下しかけた。

 が、それを下す前に目的が果たされてしまった。

 つまり、街道の左右、そして彼らの軍団の後ろから、一〇〇や二〇〇では済まない兵が現われたからだ。


「セルテ軍本隊か……これは勝てん」

 騎士長はギリと歯ぎしりをしながら小さくつぶやいた。

 本隊だとすれば前方の守兵を合わせて一〇〇〇を超えるのも当たり前。

 それに囲まれて勝てるわけがない。


「こうなれば最期の徒花を咲かせ派手に散るのみ。

 全軍、一塊になって一矢報いるぞ!」

 騎士長は諦め、そして腹をくくった。

 そうして死線を越えた先に、ほんの一筋の光明が見えることもある。


 騎士たちは騎士長の意志を汲んで従う姿勢を見せた。

 農民兵たちも戸惑いながらも手にした槍をぎゅっと握った。

 だが、ただ一握り、かの言葉に反した者がいる。

 デーン男爵陛下その人だ。


 彼は供回りの近衛を数名連れ足早に騎士長に近づくと言い捨てた。

「おいお前、俺が脱出するための血路を開け。

 そして時間を稼げ」

「逃げる!?」

 まさか、この期に及んで逃げるというのか。

 なんと生き汚い。


 これは主君と軍人の根本的な考えの違いであったが、この時の騎士長にはそこまで考えを及ぼせる余裕がなかった。

 ゆえに「捨て駒になれというのか」とあっけにとられた。

 だがそれでも主君は主君である。

 主君の下した命令は絶対なのである。

 そうでなければ暴力装置たる軍隊など立ち行かないのである。


「承知。何としてもご主君が生きるための道を切り開いて見せましょう」

 騎士長はより一層の覚悟を決めて無理やり笑って見せた。

続きは来週の火曜に

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