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440フーファイター

 夜。

 よい子はもうベッドに入る時間である。

「エルシィ様。そろそろご就寝の時間です」

 執務室で運ばれてくる決裁書や報告書、提案書などの処理をしつつ、虚空モニター越しのデーン国軍を監視していたエルシィは、急にそんなことを言い出した侍女頭のキャリナにキョトンとした目を向けた。


「え? でもほら、なんか動きありそうですよ?」

 そう言って虚空モニターを指させば、その向こうのデーン軍はまさに休憩の為に広げられた荷物を片付け始めていた。


 だが、不退転の決意をにじませるキャリナは言う。

「それでもです」

 これはもう何を言っても覆らないな。

 そう判断し、エルシィは「はーい」と返事をして机の上を片付けることにした。


「そういう訳なので、戦場の皆さんはまだ働いてて心苦しいのですが、後はよろしくお願いしますね」

「承知しました。

 我々も、あと戦場の皆さんにも、適宜休息をとるように言いますので」

 と、いつもの笑顔を浮かべた宰相ライネリオがそう答えた。

 なにか抗いがたい貫禄がある彼だが、これでまだ十代なのだから恐れ入る。


 エルシィと、残る気満々だったアベルもまた執務室を追い出されると、執務室はいよいよ大人の時間である。

 まぁそうは言っても残っているのはライネリオはじめとした執務室付きの文官数人と、あと軍部との連絡用にいる武官数人というところだ。


「酒飲んでいいか?」

「ダメですよ。仕事中ですよ?」

「いや、ちょっと。ほんのちょっとだけだから!」

「ダメですってば」

 連絡役ゆえに特にすることのない武官がそんな会話を交わしているのをライネリオはにこやかに聞き、心の中の査定表にマイナスを付けるのだった。



 さて、セルテ領主城がそのように平和に過ごしているところで、デーン男爵国軍はいよいよ再出撃の態を整えつつあった。

「騎士長。兵数はいかほどだ?」

「最終的に進軍できそうなのは三五〇といったところです」

 デーン男爵は訊ね、返ってきた言葉に落胆した。


「また五〇も減っているではないか」

「先ほどの交戦で死んだ者もいますし、行軍に参加できない重症者もいます」

「死者は少ないのではなかったのか?」

 デーン男爵の言うように、確かに交戦によって脱落した者は二〇を超えることはないというのが当初の見解だったはずだ。

 重軽傷合わせれば一〇〇を超えるが、軽傷は治療すればまだ戦える。

 だというのに脱落者の数が想定の倍以上。

 これは男爵でなくても不思議になるだろう。


 だが騎士府長は「面倒なことに気付きやがって」と内心舌打ちながら憮然とした表情を作って仕方なしに答える。

「おそらく逃亡者が半数でしょうな」

 少なく見積もって。と心の中で付け加えつつ、である。

「臆病者め!」

 これを聞いたデーン男爵は、騎士長の予想通り、地団駄を踏んだ。


 ひとしきり悪態をついて落ち着いたデーン男爵は、気を取り直して夜闇の中で進軍を待つ三五〇のデーン国軍兵士たちを見回した。

「それでもまだこっちの方が多い。

 逆茂木柵など手持ちの油を使って燃やしてしまえばいいのだ」

「油は野営の灯り用なのでさほど数はありませんし、なくなると今後の進軍にも支障があるのでは?」

 というか、食料も先ほど男爵の指示で食べつくした。

 元々軍備として用意されている兵糧はあまり多くなく、あと残っているとすれば兵たちの手弁当である。

 それもこれも、もう残りはわずかと言っていい。


「何を寝ぼけたこと言っている。

 あの守兵どもを突破できれば村があるんだ。

 いくら辺境の寒村と言えど我が国の村々よりよっぽど裕福だろうさ」

「なるほど。現地調達ですか。確かに」

 先に兵たちに許可した略奪を軍でもやろうという話だ。

 その分兵たちの取り分が減り不満が残るかもしれないが、背に腹は代えられない。


「わかりました。ではそのような心づもりで進軍を開始しましょう。

 いまから出れば村前の陣には夜半ごろにつくことでしょう」

 と、そのようになり、男爵陛下のお下知の元、デーン国軍は再びニュビル村へと脚を向けた。



 こうしてデーン軍は暗い旧街道を進む。

 道行(みちゆき)はすでに二度目なので迷いはしないが、それでも昼と夜では景色の様相も違ってくるのでいくらか歩足は遅くなる。

 そんな中、先導役として前を行く騎士の一人が気づいた。


「急に進軍を停止させてどうした?」

 その様子に、中軍あたりにいた騎士長は軽く馬を走らせて先頭へ出る。

 そして短く報告された話で首を傾げた。

「道の向こうに灯りが見えるだと?」

「はい」

「しかし村も逆茂木の陣地ももっと先だったろう……いや、確かに見えるな」


 夜闇の中の灯りならすぐわかるだろう、と思われるかもしれない。

 が、月明かりも心もとない中で自軍の松明の灯りが目の前にあると、遠くの淡い光は少し見つけ辛かったりする。

 目を凝らしてやっとだ。

 天体観望の時に明るい懐中電灯を持っていると、目が灯りになれてしまい星が見つけにくいというのに似ている。

 光源がどちらも松明の灯りならなおいわんや、である。


「ふむ、誰か足の速い者を偵察に出せ」

「はっ!」

 と、言葉を交わしたその時である。

「そんな暇はないにゃー」

 と、言葉だけでどこかニヤけているのが判りそうな声が聞こえた。


「なにやつ!」

 騎士長が鋭い声で誰何するが、声の素と思われる小柄な人影は「にゃりん」と不可解な声を残しつつ、街道外れた藪の中に消え去った。

「……妖怪の類でしょうか?」

「いや、敵軍の偵察なのだろうが……それにしては確かに人間らしくない動きだったようだな。

 鉄血の悪姫は妖魔も操るのか?」


 一つの都市伝説が生まれた瞬間でもあった。

続きは来週の火曜に

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