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439ねこのおやつ

「どうだ、追ってくるか?」

「いえ、村前の構築陣に戻って守りを固めるようです」

「ええい忌々しい」

 後退し、進軍前に訓示などを行った森の広場に戻ったデーン男爵国騎士府長は、遅れて戻った偵察方からもたらされた敵の情報で苦虫をつぶしたような顔になった。


 今回のデーン国軍は意図していたかしていないかは別として、敵軍が待ち構えていそうな場所を避けて旧街道を進軍した。

 だというのに攻め入ろうとした寒村には伏兵も合わせればおよそ三〇〇の守兵がいたわけで、これが一体何を示すのか、騎士長には全く読めなかった。


「忌々しいは俺のセリフだ!

 敵の方が少なかったのに、なぜ敗走せねばならんのだ」

 と、そこにノシノシと朽ちかけた落ち葉を踏みしめながらやってきたのは、彼の主君であるデーン男爵陛下その人だ。

 騎士長は主君に見えない方を一瞬向いて舌打ちをする。


 そんなことは彼だって重々承知しているのだ。

 それもこれも国軍として集めた兵が不甲斐ないのがいけない。

 ある程度訓練された騎士や警士であればまだしも、徴兵された農民兵では致し方のないことだが、それにしたってあの敗走は無様過ぎた。


 だが、それを正直に言えば徴兵することを決めた男爵陛下を正面から批判する行為となる。

 ゆえに騎士長は六秒ほどかけて心を落ち着け、痛まし気な顔で首を振って見せる。

「陛下のおっしゃる通りですが、今回は敵が一枚上手でした。

 おそらく悪姫の薫陶を受けた軍師か、あるいは本人がいたかもしれませんな」

「ぬ、ではアレを打ち破れば鉄血姫の首を取れたかもしれん、ということではないか。

 しかし本陣であればこんな寒村に三〇〇もの兵を配しているのも頷けるか。

 ……それにしても、なぜこんなところにあれほどの兵を……」


 騎士長にしてみれば適当に言っただけだったがその論は真に受け入れられたようで、男爵陛下はしばしブツブツと呟きながら視線をさまよわせた。


 その後、考えの結果が出たらしく彼は顔を上げてニヤリと笑った。

「では騎士府長。急ぎ兵を再編し敵守兵を急襲するのだ。

 まさかすぐに翻して攻めてくるとは思うまい」

「なるほど。それは名案ですな。

 ただ、出来るならばの話でありますが」

「……なに?」

「ご覧ください」


 促され、デーン男爵は騎士長の指し示す兵たちに目を向ける。

 おそらく意識して兵たちを見たのはこれで数度目になるだろう。

 そして目に入ってきたのは、方々で座り込み、憔悴しきった兵たちの姿だった。


「ええい不甲斐ない」

「いた仕方ありません。たった今、全力で駆け戻った者ばかりです。

 まだ全員が戻ったわけでもありませんし、おそらく逃散した者もいるでしょう。

 編成にはしばし時が必要です」

 真っ先に逃げたお前とは違うんだよ。

 そう心の中でつぶやきながら、騎士長は顔には一切出さずにそう言った。


 デーン男爵は不本意ながら、という顔で足元の土を蹴った。

「では飯だ。

 腹が減っているから余計に疲れるし気分も落ち込むのだ。

 持ってきた兵糧を使い切ってもかまわんので、残った兵には暖かい飯を腹いっぱい食わせろ」

 偶には良いことを言う。と騎士長はきょとんとしてから大いに頷いた。

「偶には良いことをおっしゃいますな」

「……ん?」



「……いま起きた」

「姫様がお目覚めです」

 セルテ領主城執務室に運び込まれた簡易ベッドの上で、エルシィが半身を起こそうとして失敗し枕に頭をぽふんとつっ刺した。

 と同時に、その傍らでずっと様子を見ていたらしい侍女頭キャリナが執務室にいる面々に向けてその様子を伝えた。


「なかなかお目覚めになられないので少し心配しておりました。

 お加減はいかがですか?」

 と、これは心配したという割にいつもと変わらぬ笑みを浮かべる宰相ライネリオだ。


 エルシィはもう一度、今度はゆっくりノソノソと半身を起こし、きょろきょろと自分の身体の様子をうかがってから満足そうに頷いた。

「だいじょぶそうです。頭が少しぼんやりしていますが、これまはぁ、寝起きだからでしょう」

「えむぴーとやらはどうだ?」

 こっちは心底ほっとした顔でのぞき込むアベルの問いだ。

「MPは……半分くらい回復したようですね」

「半分か。なら兵一五〇を飛ばしたらまた倒れるな」

 と、アベルは不満げながら「やるんじゃないぞ」という視線を込めてエルシィを睨みつけた。


「さてさて、あれからどれくらい経ってますか? 戦況はどうですか?」

 アベルの視線を苦笑いでかわし、エルシィは執務室に浮かんでいる虚空モニターを見る。

 この虚空モニターはエルシィがMP切れで気を失ったとしても消えたりしない。

 というか、おそらく彼女がしまわない限りは出たままになるのだ。

 もっとも、こちらも極小ながらMPの影響を受けるようで、彼女が倒れた直後には何度か画像が乱れたり、消えかかったりもした。

 まぁそれでも健在なので、本当に少数しか使わないのだろう。


 ともかくエルシィからの質問を受け、ライネリオがここまでの経緯と現在の状況を説明する。

「……そして今、デーン軍は食事を終え見張りを置いて一休みしているところです」

 ちなみに時間経過としてはエルシィが倒れてからおよそ半日である。


「ふむー、上手く撃退したデニスさん(正将)と、上手く誘導してくれたゼンマイさんと(ねこ耳)ノビルさん(さんたち)にもご褒美を上げなくてはですね」

『にゃ?』

 などと言ったところ、虚空モニターの向こうから短く返事があった。


 現在出ている虚空モニターはデーン国軍が休んでいるところの近くで目立たない場所と繋ぐようしてある。

 向こうからだと夕闇の中で光って見えるので、木の上などあまり人が見ない精神的死角になる場所に出しているのだ。


 その虚空モニターから返事があったということは、件の声を発したねこ耳たちは木の上にいるということになる。

「おや、ゼンマイさんとノビルさん、そこにいましたか」

「いましたにゃ」

「そんなことよりご褒美にゃ」

「はいはい」

 エルシィがそう返事をし、意を受けたキャリナが持ってきた小箱を受け取る。

 その中から取り出したるは小さめカップに入ったゼリー状のおやつだった。


「ちゅるるん!」

「ちゅるるんにゃ!」

 窓越しに受け取った二人のねこ耳は、目の色を変えて我先にとそのゼリーを受け取り貪る。


 ちゅるるんは鳥のささ身、ツナをベースに魚粉や玉子、砂糖、水を加えて練り、寒天などを少量加えて作ったゼリー状のおやつである

 ちゅるちゅるしていて草原の妖精族(ケットシー)山の妖精族(クーシー)に大人気なのだ。


 なおエルシィに言わせると「まだ全然、ホンモノには程遠い」とのこと。


 ねこ耳たちのあまりの変貌ぶりにエルシィは苦笑いするが、同室に控えているねこ耳侍女見習いのカエデなどは同族の失礼に笑いを抜いた苦い顔を晒すばかりだった。

ホンモノとは……

続きは金曜日に

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― 新着の感想 ―
エルシィが開発させたおやつとは、まさかチュールとか? ケットシーもクーシーも大好きなおやつとか、社会に大きな影響を与えそうなものを開発してますねw
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