437粗末な守兵
「進め進め! 敵はたったの一〇〇しかおらん。
蹴散らして見せろ!」
デーン男爵国騎士府長は馬上から声を張り上げて駆ける兵たちを叱咤した。
すでに視界にの先には粗末な丸太の柵などを作り街道上で防御線を張る敵兵がある。
「あれは逆茂木柵か? 小癪なモノを」
逆茂木柵とは戦時に使う防御柵の一種で、丸太の先を尖らせ敵の方へ斜めに向け並べる柵のことである。
場合によっては枝葉がついたままであったり、生木として植えてあるモノのことも言うが、今回は丸太バリケードのバージョンだ。
どちらにしろ戦知識がないと出てこない代物なので、デーン国騎士長は少しめんどくさそうに眉をしかめた。
が、それも一瞬だ。
戦場で、特に今のような攻勢を仕掛けた突撃場面で指揮官が不安や懸念を滲ませては下々が動揺する。
ともかく今はデーン国軍四〇〇の兵力を使って、力押しでこの防御線を突破するのみである。
声を上げ突撃するデーン国軍。
中から数名の騎兵が突出した。
だがこれは何も歩兵との速度差によって「出てしまった」わけではない。
彼らはまずその機動力を生かして防御陣地への小手調べを敢行する騎士たちだ。
それを証明するように、騎士たちは乱れぬ足並みで颯爽と逆茂木柵まで迫り、そして隙間から突き出された敵兵の槍をグレイブ一閃ではじき返す。
これはお互いけん制の様な攻防であり、まだダメージを与えようという気はない。
そしてそのまま騎士たちは馬を翻して歩兵の群勢の位置まで後退した。
そのうち一騎がさらに下がり騎士長と合流。馬上から報告を上げる。
「兵装は半数揃い、半数はまちまち、または薄汚れた官軍のお下がりです。
逆茂木柵は思った通り急ごしらえのようでした。
それと、騎兵、飛び道具はありません!」
「やはり思った通り砦の守兵と村の自警団か。
それにしても弓矢どころか投石すらないとは、守兵も素人か?」
攻め上がる敵に防御側がまず飛び道具で攻撃を仕掛けるというのは、まぁ当たり前すぎるセオリーである。
だが、今、小手調べに迫った騎兵は投石すら受けなかった。
騎士長は「これ、チョロすぎないか?」と逆に懸念を抱いたくらいだ。
とは言え良いように解釈すれば、急なデーン国軍の侵攻に慌てて弓矢や投石用の石弾を準備できなかったとも考えられる。
逆茂木柵も急ごしらえということなので、それが精いっぱいだったのだろう。
騎士長はニヤリと笑って先に展開している歩兵と騎士たち声を張り上げた。
「作戦は先に説明したとおりだ。手順通りにやれ!
騎兵は歩兵を護衛しながら上がれ。突出するな。
歩兵は二人一組で、一人は敵の槍を払い、一人は逆茂木柵を押しのけろ!」
これでいい。
後は柵を撤去してから騎兵の突進で蹴散らせばおしまいだ。
ところで「逆茂木は火に弱い」という言説がよく聞かれる。
これは正しくもあり、また間違いでもある。
先にも述べた通り、今回この戦場で使われているのは丸太を組んだ逆茂木柵である。
もともとこの丸太は道路工事用に用意された建材で、木材としてよく乾燥されたものなので薪として使えるのも確かである。
が、それはあくまで燃えやすいように細かく割った場合の話だ。
太く、そして目の詰まった丸太は、いくら乾いていようが簡単に火はつかないし、簡単に燃え尽きもしない。
もちろん、一度火が付けば激しく燃えることもあるだろうが、油でも使わなければそう簡単な話でもないのだ。
ではなぜ逆茂木が火弱いと言われるのか。
それは先にも述べた通り「枝葉がついたまま」というタイプの逆茂木もあるからだ。
このタイプの逆茂木とは今回の逆茂木「柵」とは違い、切ってきた木々を敵方面に向け、そのまま地面に突っ差しただけだったりもする
中には細い木々もある。
こうしたタイプの雑な逆茂木の場合、確かに燃えやすく火に弱いと言えるだろう。
また生木を植えた逆茂木もあると先に述べたが、これは生木ゆえにいくらか燃えにくいし、燃えたら煙がもうもうと立つ。
どちらにしろ「燃やす」という選択は、城攻めなど腰を据えて攻める場合の戦法であり、今回のように街道上のバリケード程度であれば蹴散らした方が早いし始末にいい。
閑話休題。
デーン軍歩兵には騎士長の指示が行き届いているようで、事前に決められた二人組に分かれて逆茂木に取り付いた。
この柵を取り除けば、その先にはそれなりの規模の村がある。
きっとデーン国の貧しい村に比べれば裕福なそれは、彼らにとって宝の山のはずなのだ。
少なくとも、村人が食べていくだけの小麦はあるはずだ。
その小麦を奪い持ち帰りさえすれば、それだけでもデーン国軍に参加した農民たちの暮らしは助かる。
それがその場しのぎであれ、「その場」を生き延びねば先などないのだ。
この逆茂木柵を取り除きさえすれば!
と、目前に迫ったお宝を幻視し、興奮の真っただ中にあった兵たちの耳にそれが聞こえた。
甲高い「ピー」という笛の音だ。
途端、彼らの進む街道の右手後方に広がる林の灌木から、ザッと音を立てて何かが現われた。
いや何かではない。それは明らかに人間、兵の姿だ。
そしてその兵たちは、手に飛び道具を構えていた。
「伏兵だぁ!」
慌てた誰かの声が、デーン国兵の耳に入った。
エルシィ不在で話がすすむ( ˘ω˘ )
続きは金曜に