435銀髪氏との問答
エルシィをこの世界に呼びつけた女神の脇侍だという銀髪の神は、しばしエルシィを見つめることで考えをまとめ、そしてガバっとコタツから立ち上がった。
「貴様、神をたばかるつもりか」
その視線は厳しく詰問するような気配を湛えている。
だがエルシィは涼しい顔でこれを受け流すと、またポットから急須に湯を注いで銀髪氏の湯飲みにお茶を注いだ。
「ありゃ、そろそろ茶葉を交換した方がよさそうですね」
そして小さい声でそんなことを呟いては急須の蓋を開けたりしている。
銀髪の神はそんな平常の姿にイラつきなどを覚えつつ、彼女の返答を待った。
返答如何ではタダでおは置かないぞ。
そんな強い意志を感じた。
エルシィは自分の湯飲みのお茶をすすってから目を細め「はー」と長い息を吐いた。
「神様ってやっぱり長命なんでしょう? それにしては気が短いですねぇ」
「ちっ」
人間ごときにそんなことを言われるのは業腹だが、という風で舌打ちをした銀髪の神は、仕方なしにもう一度コタツと共に敷かれた座布団へと乱暴に腰を下ろした。
「それで? 救世主殿はどう女神様の希望をかなえるつもりなのだ」
やっと話が出来そうだと、エルシィはニッコリと返してから、自分の考えを述べるために口を開いた。
「そうですね。まずわたくしの今までいた世界についてお話ししましょう」
「簡潔に話せ」
「とはいえ、女神様はせっかく異世界からわたくしを呼んだのですから、その異世界の……まさしく異次元の方法論をお求めなのでしょう?」
「……ああそうだ。貴様の世界では一瞬で何十万人の命を奪う方法があるのだろう?」
この小娘の言うことももっともなので、銀髪の神は眉間にしわを寄せつつも話を聞くことにした。
ついでに女神が言っていた「異世界から呼び出した根拠」も尋ねることにした。
それを聞いてエルシィは苦笑いを浮かべて答える。
「まぁありましたけど、わたくし個人でどうこう扱える代物じゃないですよ。
そこ行くと、わたくしが今考えている方法なら……そうですね、一〇〇年後くらいから人口が減少し始める可能性があります」
「一〇〇年とは、人間にしてはずいぶん悠長ではないか」
「でも神様からすれば一〇〇年くらいすぐでしょう?」
言われ、銀髪の神は再び黙った。
「わたくしの世界、というか国では少子化というのが問題になっておりました」
「少子化? 子供が生まれないということか。つまりそこから世代を重ねるごとに人口が減っていくという訳か」
「ええ、その通りです」
この話にはさすがに銀髪の神も興味を引かれたようで、コタツの天板に肘をついて身を乗り出す。
「して、その原因は?」
ここでエルシィは小さく口元を歪めて笑いを浮かべ、心の中で「釣れた」と呟いた。
満を持したという風でエルシィは銀髪の神にその考えを披露する。
「少子化の原因。それは様々な文化の発展です」
銀髪の神は困惑気に眉をひそめた。
さて、我々の住む世界の文明国の多くが現在直面している問題の一つが少子化であるのは既知の事実である。
これは何も日本だけの話ではなく、アジアの大国でもヨーロッパでも、割と世界的にあちこちで起こっている現象だ。
これについて原因はさまざまに言われているが、その一つの説が「高度に発展した文化」である。
気を付けていただきたいのは、あくまでこれは一つの説であり、これが正しい原因であると言っているわけではないことだ。
さて、その前提のもとに話を進めよう。
なぜ文化が発展すると少子化になるのか。
端的に言えば「結婚するより楽で楽しいことが世の中にあるから」である。
生涯を共にするパートナーと愛や信用を育み子を育てる。
誤解を恐れずに言うならば、過去世界においてこれに勝る娯楽は多くなかった。
が、今我々の住む世界には比して娯楽があふれている。
たくさんの娯楽があるので、人々は態々結婚を選ぶ必要が無くなった。
そう言う理屈である。
これを良さげな言葉に置き換えるなら人生の多様化となるだろうか。
ちなみに古代のローマ帝国でも同じ原因で少子化が問題化したと言われている。
さて、そんな話をエルシィは淡々と銀髪の神に説いて見せた。
銀髪の神は何かスッキリしない顔ではあるが一応納得したようで困惑気でありながら何度か頷いた。
「貴様の考えは解った。ひとまずそれならそれで進めるがいい」
「はは、おまかせあれです」
ワザとらしくコタツの天板に上半身だけ投げ出して平伏してみせると、銀髪の神は呆れた顔で立ち上がった。
「お帰りですか?」
「……そうだな」
「何のお構いもお土産も用意しませんで」
「気にするな」
「ところで」
社交辞令を言いつつ、エルシィは最後に一つ気になった質問を投げかけてみることにした。
解答が得られればこれ幸いとばかりに。
憮然とした顔の銀髪の神は応じてくれる気はあるようでため息交じりに動きを止めてエルシィを見る。
「……なんだ」
「ええとですね。
デーン男爵国軍がやけに速い進軍速度で向かってきてるそうですが、もしや何か心当たりがおありでは?」
言われ、銀髪の神は少し考えてから口を開いた。
「私と同じ脇侍神の誰かが合力している可能性があるな。
確か足が速くなる権能持ちがいたはずだ」
「便利ですねぇ」
「お前に貸し与えられた権能の方が便利だろう」
「まぁ、そうかもですね?」
銀髪の神は最後のエルシィの返事を聞くまでも無く背を見せ、そして空気に解けるように去って行った。
エルシィは銀髪の神の気配がなくなるまで、恭しく頭を垂れ、顔を天板に向けたまま舌を出していた。
エルシィとの邂逅空間から去った銀髪の神は、そのまま自分の居地である女神の社殿へは戻らず、吹きすさぶ吹雪の中へと移動した。
それはエルシィのいるセルテ侯爵領主城から見れば遥か東北東の方角だ。
「あの小娘の言うこともわからぬでもない。
だがあの論ばかりを信用するわけにもいかんだろうな。
私は私で、別の手を打つとしよう」
かの神の眼下に広がる雪原の中、雪の嵐にさらされた白い都市がぽつんと見えた。
その都市を人間たちは「バルフート帝国首都ケファーグラド」と呼んでいた。
続きは金曜日に