434ニュビル村
デニス将軍のターン!
ニュビルという村は寒村である。
寒村ではあるが、デーン男爵国との国境が近く、旧時代に使われていた街道が通っているため近隣の村々の中心的存在だ。
ゆえに農業的にはあまり振るわない村の割には規模がそこそこあり、付近の農村も含めた統括や指導を行う官僚が数人滞在している。
最近ではエルシィ発案による街道整備事業も波及しつつあり、デーン男爵国との行き来が現行街道に移ってから徐々に寂れていたこの村にも多少人が戻りつつあった。
そんなニュビル村のデーン街道側の入り口に、突如武装集団があらわれというから付近に住んでいる村民たちは大慌てて村中央へと逃げ出した。
「ありゃ。あいつら我々が掲げてる旗も見えないんですかね。
ねぇ、デニス将軍」
「私はもう将軍でなく正将ですよ。間違えると色々問題がありますので気を付けて」
「あ、はい」
村の前に現れた武装集団というのは、エルシィの『とんでけー』によって送り込まれたジズ公国領外鎮守府正規軍のうち、物静かな線の細い白銀の髪の中年正将デニスが率いる約三〇〇の兵だ。
その副官は慌てて逃げだした村人を見ておかしそうに笑っていたが、しばらくしてもやめる様子がなかったのでデニス正将からゲンコツを食らって顔を真面目に戻した。
「まぁ、旗と言っても村の長老や滞在している官僚でもないと判らないでしょう」
「そんなもんですかね?」
我々の住む世界と違いテレビも無ければ写真もない。
あらゆる情報が駆け回るメディアが一切ないこの世界では、自分の住む国の名前すら知らない人もいる。
それがこうした国の辺境に至れば言うに及ばずだ。
とは言え、昔は街道も活発に使われていたので、もしかすると古老くらいになればセルテ侯爵やデーン男爵の旗を見たことある、かもしれない。
そう言うレベルである。
時間もないのでこのまま村に踏み込んで誰か話の分かる者をつかまえようか、などとデニス正将が思い始めた時。
村人が逃げ出した中央方向からあたふたとした様子で数人の人間がやってきた。
いかにも村人と言う風体の中年と、寒村には不釣り合いのパリッとした服装の男。それから護衛のつもりなのか刃のついた農具を構えた若い男が二人、といった感じだ。
そしてその小集団が近づいてくるにつれて、護衛風の若者以外の二人の顔が明らかにホッとしたものに変わった。
いかにも村人という中年は村長であり、パリッとした服装の男はここニュビル村と周辺の農地の指導の為に派遣されている水司農産局所属の官僚だった。
「これは……将軍府の兵ですよね……こんな田舎にいったい何事ですか?」
官僚の男が怪訝な顔で問う。
まさか野盗の類かと慌てていたがそれが官軍であるというなら話は別である。
なんというか「逆に何でまたこんな寒村に?」という気持ちなのだ。
それは村長も同じようで、ともかく困惑した風だった。
デニス正将は彼らがある程度安心したことを見据えて、そこに危機感をあおる様に真剣な顔を見せた。
「よく聞いて、村人たちにお伝えなさい。
デーン男爵国の軍が旧街道を使ってこの付近まで来てるゆえ、すぐに身の周りの物だけまとめて避難なさい」
「ええ!?」
「なんでまたこんな寒村に!?」
聞いて、つい驚きの声を上げる二人だった。
正将はそんな彼らの問いに答えることはなく、とにかく急げと促した。
二人は護衛代わりの若者二人を連れ、困惑気味に村の中央方面へと取って返した。
「それで正将。村人を避難させてここで迎え撃ちますか?」
村の者たちの背を見送ってから副官がそう問う。
デニスはしばし考え、それから首を振って村の外を指さした。
「村の外で迎え撃ちます」
「ここの方が防御線構築しやすくないですか?」
「村内に入れば農地もあります。それを傷つければ侯爵閣下が冬の間に腐心した農業改革の成果も台無しになるでしょう」
「なるほど、麦が取れなくなるのも困りますな」
「そう言うことです」
かくして、彼ら三〇〇の兵は村から旧街道をデーン国側へと少し進み、そこに防御陣地を築くことにした。
「正将閣下! 閣下の思った通り、村の向こう側に街道整備用の資材がありました」
これは街道普請を命じられたマケーレ元砦将の手配、というか彼の実家であるダマナン家の手配によるものだったが、デニスはひとまずこれを借りて使うことにした。
「守るだけならこれで何とでもなるでしょう」
デニス正将はニヤリと口角を上げた。
打って変わって進軍中のデーン国軍。
「ぜ、全隊止まれ! ええい止まれというに!」
デーン軍を指揮する騎士府長が大声を張り上げるが軍の行進は止まらず、彼は仕方なし騎馬を走らせて先頭を押さえるように出た。
こうして無理やり前に立つことで、行軍はようやく止まった。
「すごい権能ではあるだろうが、全く扱いづらいではないか」
「ご苦労騎士府長。いや、こ奴らの様子とかの旧伯爵殿の権能はまた別であろうよ」
「これはデーン男爵陛下。……別なのですか?」
「……うむ、おそらくな」
そう言って止まった四〇〇のデーン軍を振り返る。
どれも肩で息をしながら、その目は赤く血走っていた。
「こやつらが暴走し始めたのは、誰かが『砦に行くより村に直接攻め入った方が略奪のし甲斐がある』などと呟いたせいであろう」
「なるほど、であればこ奴らが欲深いだけで旧伯爵殿が与えて下さった力とは全く因果ないと」
「あるいは、よく走り血が廻ったことで興奮状態になったのが関係すると言えなくも無いかもしれんがな」
「ああなるほど……しかし」
騎士府長は納得して再び彼らを見るが、どうにもこれから彼らを指揮して戦う自信が揺らぐのであった。
続きは来週の火曜に