433銀髪の誰かさん
エルシィは真っ白い何もない風景の中で目を覚ました。
「むくり」
その中、まっ平らでスベスベした床の上でうつ伏せで寝ていることに気付き、エルシィはゆっくりと身を起こす。
「ああ、MP切れて倒れたんですね」
「さて、この風景には見覚えがあります」
そう、これまでも彼女はこの景色の中に身を置いたことが何度かある。
それは土地を治める印綬を受け継いだ時。
または運命の女神を名乗る妖かしが語りかけて来た時。
「つまりこれは神を名乗る人たちとの邂逅空間か何かですかね。
それともわたくしの心象風景的な何か?」
心象風景とはその名の示す通り、個々人の心に刻まれた原体験的な、または印象深い風景のことだ。
場合によっては存在しない風景の場合もある。
「それにしてはなんというか、情緒のかけらもありませんね。
そうだ。もし心象風景なのであれば……」
ふと思いつき、エルシィは念じる。
思い浮かべるのは別の世界の自分の部屋。
そこそこ発展した都市の片隅にあったアパートの一室。
するとどうだ、真っ白で何もなかった空間は、たちまち生活感にあふれたワンルームに変わった。
「やっぱり、心象風景……かどうかはともかく、わたくしの心に由来する場所みたいですね」
そうつぶやき、その意味を自分で自覚してから「フフフ」と笑いが漏れた。
「それにしては、姿がエルシィのままなのですね。
好きに出来るというなら上島丈二の姿でもよさそうなモノなのに」
つい一年前までは当たり前に丈二の姿で生きてきていたはずなのに、今ではすっかりエルシィの姿が日常だ。
元々、あるモノをあるがままに受け入れ、それに慣れるのが早い質だとは思っていたし、いろんな人に言われてきたが、もはやこうなると笑うしかない。
「まぁそれは良いか。
それでわたくしはなんでここにいるのですかね?」
ひとしきり笑った後、エルシィは元自分の部屋をキョロキョロと見回しながら考える。
とりあえず、目に入ったコタツにのそのそと入ってみるのはもはや習性と言うヤツである。
「あ、電源入らない。電気止められてるのかな」
そんなことを呟いていると、いつの間に現れたのかコタツの向かい側に一人の男が立っていた。
「なんとも、大国の姫君とは思えない姿だね」
銀髪を肩口で切りそろえた美形の男だ。
年の頃はちょうど二十歳前後くらいに見えるだろうか。
またその顔は作り物のように美しい。
エルシィは特に驚きもせず銀髪の男を見上げ、そして片手をコタツから出して差し出した。
「まぁまぁ、そんなところで立ってなさらず。庶民の冬のお供、コタツにでもお入りくださいよ」
銀髪の男は少し変なモノを見たように眉をゆがめてから、彼女の手が勧めるとおりにコタツへと入った。
「というか、今春だよね?」
「コタツのシーズンはGWまでと決まってますゆえ。
ささ、粗茶でも飲みなっせ。おせんべいも食べなっせ」
「なんかおばあちゃんみたいだ……」
いつの間にか現れたお茶セットから注がれた緑茶をすすりながら、銀髪の男はそんなことを呟いた。
エルシィも似たようなことを思っていたので「うふふ」と笑いを漏らした。
「それで本日はどのようなご用件で?」
おそらくこの銀髪は以前あらわれた女神と同様に神を名乗るモノだろう。
であれば何の用もなくエルシィの心の中に現れるわけがない。
ということで手っ取り早く聞いてみた。
銀髪の男とはため息交じりに菓子皿から取ったせんべいをバリッとかじった。
「君には神を敬うとかそう言うの無いのかい?」
「ありますよ? でもまだあなたの尊名も何も聞いてませんし?」
「……ああ、確かに。それはそうだね。
僕は君に使命を課した女神の脇侍神の一人だよ。名前は……まぁ何度も会うことないと思うからいいや」
「これはこれは神様でしたか。お茶のお代りいります?」
「……貰うよ」
空になった湯飲みに二番茶を注がれ、銀髪の神は手にしていた食べかけのせんべいを手元の小皿の上に置いた。
「さて、何の御用、と聞いたね。解っているんだろう?
僕は君が女神からの使命をちゃんと果たすつもりがあるのかどうか、それを聞きに来たんだ」
「それはそれは、お勤めご苦労様です」
そう、当たり障りのない応えをしつつ、エルシィはまた湯呑に茶を注ごうとする。
「いやもういいよ」
銀髪の神は少し嫌そうな顔をして茶を断った。
ともかく先を話さないと進まない。
そう思って、また口を開いた。
「戦が始まりそうじゃないか。
たくさん殺しなよ? それが君の使命なんだから」
「はて、人口を減らせとは言われましたが、なにも殺さなくても良くないです?」
答え、エルシィは首を傾げた。
銀髪の神は「思いもしないことを言われた」という顔で、エルシィをまじまじと見た。
続きは金曜に