428壮行演説と必勝祈願食
「セルテ候エルシィ様が出御なされます」
将軍府所属の兵たちが整列する領主城中庭に、凛とした女官の声が響き渡る。
ここにいる者はすでにほとんどが知っているが、それはエルシィの侍女頭であるキャリナの声だ。
その声、そして言葉の意味するところに、およそ一五〇〇の兵たちはかかとを揃えて身を引き締め頭を下げる。
そうして多くの視線が無くなったところで、エルシィは近衛二名、つまりアベルとフレヤを引き連れて設えられた壇に上がった。
ちなみにもう一人の近衛であるヘイナルは、檀下において近衛府所属の者たちを指揮しこの場の警備に当たっている。
「みなさん。
豊かに栄えたセルテを守る、誉れある兵士のみなさん。
顔をお上げください」
先ほどのキャリナの声とはまた違った、透き通った少女の声が響いた。
将軍スプレンド卿、そして正将の二人を筆頭にした将軍府の兵たちは揃ってゆっくりと顔を上げ、壇上のご尊顔を拝する。
ただ、ちょうど陽の光を背にしたエルシィの顔は、兵たちからはあまりよく見えなかった。
そんな様子に気圧された兵士がいたようで、シンとした会場に固唾をのむ音が聞こえた。
「後光を背負った神々しいエルシィ様の姿に、皆が感動しています」
「黙ってろフレヤ」
エルシィの斜め前にて左右を圧するよう立った二人の近衛はそんな会話を交わすが、さすがにこれは小声だったので何事かわかる者はいない。
エルシィは苦笑いをこぼしそうなるのをグッとこらえ、そして改めて兵たちをゆっくり見まわした。
どの顔も覚悟のほどが見て取れる、良い表情だ。
ここにいるおよそ一五〇〇の兵は、すべてがエルシィとの面通しを済ませ家臣として登録された者たちである。
ゆえにひとたび虚空にモニターを開けば、彼らのやる気から体調まで、すべてが把握できる。
ただまぁ、今はその必要がないので、エルシィは彼らの顔を見るだけで大きく満足そうに頷いて見せた。
「みなさん。
この豊かに栄えたセルテを守る誉れある兵士のみなさん」
エルシィは、再びさっきと同じ呼びかけを行った。
そして続ける。
「このセルテの地を囲むいくつかの国があります。
彼らの多くは不幸にもわたくしたちのセルテより貧しい土地で暮らす人々です。
麦の育ちが悪い、冬は雪に閉ざされる、人の行き来も少ない。そんな様々でやせ細った国と言えるでしょう。」
この言葉に、兵たちは哀れみにも似た感情が呼び起こされる。
もし自分がそんな土地に生まれたら、そんなことを想像力豊かにも考えてしまう者もいた。
だが、次に続く言葉でそんな同情めいた感情は吹き飛ぶことになる。
「そしてそんな彼らが手を組み、今、我らとの国境を越えようとしています。
自らの貧しさを嘆き、豊かなわたくしたちの国を妬み、財を奪う為にやってきます」
兵たちはキッと口元を引き締めた表情に生まれ変わる。
「素直に頭を垂れてさえくれれば、わたくしたちにももっと他のやりようがあったでしょう。
ですが彼らは剣を取りました。
であれば、わたくしたちも黙って奪われる言われはないのです」
思わず「そうだそうだ」「返り討ちにしてやる」と、そんな声を漏らす兵たちが出始めた。
エルシィはこれを咎めることはせず、その兵たちに目を向けて頷いて見せた。
これによって、この場により一層の一体感が生まれる。
「勇敢な兵士のみなさん。
守りましょう。あなたの父を、母を、妻を、子を! 隣人を、そしてこの国を!」
言い切ると、自然と「セルテ万歳!」「エルシィ陛下万歳!」などと言うコールが中庭を埋め尽くした。
エルシィは「陛下じゃないんけどなぁ」とまた苦笑いをかみ殺して呟いた。
しばしそうして興奮を発散させる時間が過ぎて鎮まると、まだ壇上にいたエルシィは再注目を促すように片手を上げて見せた。
兵たちは傾聴する。
「皆さんの意気込みは良く伝わりました。もはや負けることはないでしょう。
ですが、さらなる必勝を祈願して、またみなさんを激励するために、今日はこの場に食事を用意しました。
これを食べ、大いに英気を養っていただければ幸いです」
そう言って、エルシィは近衛たちを引き連れて壇を降りた。
降りて、檀下にあるテーブルに着く。
すると待っていた白いコックコートを着た集団が、いくつもの大きな鍋を抱えて侯爵屋敷より飛び出して来た。
「おい、すごくいい匂いがするぞ!?」
「こんな香、嗅いだことがない」
「だがなんだかものすごく食欲が刺激される……」
さすがに一五〇〇人分の食事となれば大したものを期待していなかった兵たちだったが、中庭に拡散するおいしそうな刺激臭にマイナスの期待を覆す。
いったいこれはなんだ。
そんな視線を込めて兵たちは恐れ多くもテーブルに着いたエルシィを凝視した。
この視線を受け、エルシィは自信に満ちた表情でカッと目を見開き答えを口にする。
「本日のメニューは新生フルニエ商会さんのご協力によって現実しました。
その名も、カツカレー!
これを食べて、勝負にカツのです」
言ってることがまさにオッサンだった。
だが幸いにも、ここにいる誰もがその意味を正確にとらえることができなかった。
続きは来週の火曜に