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426選択できないない国々

 領主執務室の、つい先日まで長兄の席だった場所に着くと、ハンノはようやく口を開く余裕ができた。

「それで、次兄や三兄はなぜ亡くなったのですか?」

 執務室には一緒にやってきた騎士府長サイ以外に長兄の侍従だった者が数人いる。

 彼らは長兄、次兄亡き後も行政を止めるわけにはいかず、届けられる決算書や報告書の確認仕事をこなしていたのだ。

 もっとも決済印を押すべき主人がいないので、領主机にはすでにいくらかの紙束が積まれている。


 その紙束の隙間から侍従たちを眺めたハンノだったが、彼らからは回答が発せられる気配はない。

 その答えを口にするのは、やはり凶報を持ってきたサイだった。


「本日昼過ぎ、市内を警邏中の警士隊に通報がありまして、曰く『市外近くの街道で何人かが死んでいる』というモノでした。

 急ぎ警士隊が駆け付けたところ、そこに倒れているうちの二人がそれぞれハンノ様の兄上方だったわけでして」

「野盗の類ですか?」

「そのように見受けられますが、あるいは三兄殿下の……」

 これだけ聞いてハンノは察した。

 察したがゆえに首を振ってその言葉を止めた。

「それ以上は」

「は……」


 ハンノは「どうしてこんなことを」と小さくつぶやきながら、机に肘をついて手で顔を覆った。

 だがサイは時を許さないとばかりに言葉を続ける。

「そう言うことなのでハンノ様には唯一の継嗣として立っていただけねばなりません」

「僕……いや、私が!?」

 言われればその通りなのだが、まさか数週間のうちにあれよあれよとここまで来てしまうとは想像もしていなかった。

 だが、こうなればいた仕方ないと言えよう。

 なにせ自分より上位の継承権を持つ者がもう誰もいないのだから。


「こんなバカなこと……」

 ハンノはまだ感情で飲み込めずにそんなことを呟いた。

 サイは追い打ちをかけるように言った。

「つきましてはハンノ様には急ぎ軍編成のご下知を頂きたく」


「……なんだって? なぜそんなことを。

 まさかまだ鉄血姫が攻めてくるなどと言う妄想を信じているのか」

 つい言葉が荒くなるが、主戦派だった次兄がいなくなったなら、そんな愚行は即刻止めさせないと。

 そう、ハンノは思って立ち上がった。


 だが騎士府長サイは重々しい素振りで首を横に振った。

「ハンノ様。そういう訳にはいかないのです」

「なぜだ?」

 問えば、サイは執務机の端にあった筒を手に取って差し出した。

 これは立派な厚紙を巻いたモノだった。


 怪訝そうにしながら受け取ったサイが開いてみれば、それは対鉄血同盟に血判を押した四国の代表の名が連ねられていた。

「国の代表の手で同盟がなってしまった以上、ここで元首が変わったから破棄などできようもございません。

 それは国同士の信用を捨てる行為となります」


 ハンノは力なく、再び椅子に座った。

 そういう国がないわけでもない。

 だがそういう国は自らが自らの力で立って歩くことができる国でないといけない。

 翻して我がトラピア国はどうだろう。

 そう考えいたり、目の前が真っ暗になったような気がした。



 ところ変わりそこはトラピア子爵国からセルテ侯領を挟んで反対側と言える雪深き土地、グリテン半島の付け根に位置するガルダル男爵国。


 その執務室で頭の痛い税務報告書を見ていたガルダル男爵は、部屋をノックする音で不機嫌そうに顔を上げた。


「誰だ。入れ」

 どうせこんな時期にやってくるのは身内か側近衆くらいなので、ガルダル男爵は礼儀など不要とばかりぞんざいに言い放つ。

 扉の向こうにいた者も「それは承知」と無造作に開けて入ってきた。


「よおガルダルの。ご機嫌麗しゅう」

 やってきたのはここガルダル国よりもさらに北西に伸びる半島のどん詰まり、隣国ヘルダム子爵国の元首殿であった。


「麗しいわけあるかヘルダムの。

 お前のところは麗しいのか?」

「まさか。似たり寄ったりさ。

 今年もがめつい商人どもから金を借りねばやっていけん」

「まったく業腹なことよ」


 そうため息をつき、ガルダル男爵はやってきたヘルダム子爵に再び鋭い目を向ける。

「それで、今日はなんだ?」

「いやな、ほれ、アレ、お前さんのところにも来たろ?」

 言われ、ガルダル男爵はまた頭の痛い、いや痛かった話題を思い出した。


 それは数日前にやってきた、元ハイラス伯ヴァイセルの話である。

 曰く「瞬く間にセルテ領まで制した鉄血の姫君を止める為、周辺国で包囲網を敷こうではないか」という申し出であった。


「で、受けたのか?」

「受けるわけなかろう。ヘルダムの、お前は?」

 問い返され、ヘルダム子爵はわざとらしく肩をすくめて見せた。

「軍を起こすような金も同盟支援に回すような物資もないよ。

 そんな余裕あるなら夕飯のおかずを一品増やす」


「その通りだ」

 そんな答えにガルダル男爵は一瞬きょとんとし、そして可笑しそうに小さく笑った。

 笑い、男爵は手にしていた税務報告書を机の上に放り投げる。


「さて、そろそろ夕餉の時間だ。

 せっかくだしお前も食べていくだろう? ヘルダムの」

「そいつは良い時間に来てしまって申し訳ないが……ご相伴にあずかろう。

 それで、今晩のメニューは?」

「ああ、今晩はな。なんとシシャモが一人当たり二匹ある」

「ははぁ、そいつは豪勢だ!」


 執務室の戸締りを侍従に任せ、二人は薄暗くなった廊下歩き出て行った。

ししゃも美味しいよね( ˘ω˘ )

続きは来週の火曜に

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「国の代表の手で同盟がなってしまった以上、ここで元首が変わったから破棄などできようもございません。それは国同士の信用を捨てる行為となります」←あれ?この理屈適用すると元々友好の約束してた事実が先にある…
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