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424トラピア四兄弟その8

「お待ちください殿下!」

「お?」

 近衛が一層大きな声を出す。

 その声色が単に先行する自分をたしなめるだけに留まらない緊迫感を含んでいることに気付き、次男殿下は足を止めて目の端に近衛を入れる。

 すると近衛が街道の左右に目を配りながら腰の短剣に手をかけるのが見えた。


「ち、野盗か」

 次男殿下もまたすぐに茂みの気配に気づいて腰の短剣を引き抜いた。

 こうなると急ぐ道のりであったので従僕も連れておらず、主武器たるグレイブが無いのが悔やまれる。


 そうするうちに、街道左右の茂みや木々に隠れていた者たちが不意打ちをあきらめたようにぞろぞろと出て来た。

 その数、十名。

 どれも粗末な衣服を着ているが、顔つきは剣呑で手には槍や長剣といったそれなりの武具を備えている。


「囲まれましたね……」

 近衛はこの状況でも何とか次男殿下を守ろうと庇うように位置取りするが、背後も取られてている状況ではいかんともしがたい。

 というか、相手が十人もいるのでは、幾らか剣の腕が立つ程度では活路を見出すのは難しいだろう。


 ゆえに近衛は交渉を持ち掛けることにした。

「まて、お前たちの目的は金か?

 であるならここは見逃せ。領都に帰ったのち、必ず満足のいく財を渡すと約束する」

 だがこの言葉にも囲んだ者たちは「ひゅー」と口笛を吹いたりニヤニヤとするばかりで答えもしない。


 そして彼らとは別に、脱輪していた馬車からもう一人、ひどい猫背の小男が這い出すように出て来た。

「あ、次兄(あにき)……」

「おまえ……!?」

 次男殿下も近衛も、この姿に目を見開いた。

 それは故トラピア子爵の三男に当たる、つまり次男殿下の弟であった。


 次男殿下は「まさか人質か?」と一瞬懸念したが、その弟の歪んだ笑顔を見て即座に「違う」と理解した。

 これはこの弟の(はかりごと)だ。


「おまえ、長兄が死んだと連絡しても姿を見せなかったくせに。

 今まで何をやっていたんだ?」

 油断なく短剣を構え、次男殿下はそう問う。

 言いつつも、そもそも引きこもり気味なこの弟が姿を見せなかったことに今まで疑問を持ちもしなかったことを思い出す。


 失態だ。そう思った。


「な、なんだっていいだろ。それよりこの状況。どう思う?」

 口元をゆがめて笑みを漏らしつつ、三男殿下はそう返した。

 これには次男殿下もイラっとした。

「この非常時にバカなことはやめろ。今は我々兄弟で争っている場合ではない」


 次男殿下は「春になったら鉄血の姫が軍を率いてやってくる」と信じて疑わない。

 ゆえにそれまでに自軍を整えねばならないのだ。

 引きこもりの弟を相手している暇はない。


 だが三男殿下にはこれもまた気に入らない。

 気に入らないながらも、すでに状況的には勝っているのでいくらか余裕があった。

「ちょ、長兄気取りか? いや、いいや。次兄(あにき)はここで死ぬんだ」


 ついにその口から漏らされた目的に、次男殿下は解っていながらも「ちっ」と舌打ちをする。

「要するに子爵位が欲しいのか。俗物め……」

「そ、そんなものはいらない!」

「?」


 即座に返された咄嗟の言葉に、次男殿下は大きな疑問を顔に浮かべることとなった。

 ではなぜ?

 彼にはこの三男殿下(おとうと)に殺されるほど恨まれる覚えがなかった。


 四男殿下(末の弟)であればまだ面と向かって罵声を浴びせたこともあったので判らなくもない。

 だが三男殿下(すぐ下の弟)とはそもそも接点が少なすぎた。


「ではいったいこれは何の真似だ?

 くだらん戯言であればすぐに退け。今ならこの愚行も不問にしてやる」

「お、おれは自由が欲しいんだ」

「自由?」

 さらに解らなくなった。

 ゆえにそのまま耳を傾けることにする。


「上の兄貴が生きていればまだ良かった。

 兄貴が即位した後はおれも好きに生きられるはずだったからだ。

 だけど、兄貴が死んで、あんた(次兄)が子爵の継嗣となった。

 そうするとおれはどうなる?

 これから一生、あんたの予備として飼い殺される運命だ」


 なるほど、と思った。

 同時に解り合えない。とも思った。


 役目のある家に生まれたのであれば、継承順位の次に当たる者は予備として控える。

 これは貴族などに生まれた者の宿命であり、次男殿下は今までそれに不満など持ったことがなかった。

 むしろ長兄を支え、長兄の、ひいては国の為に生きる覚悟をずっと持っていた。

 ゆえに、この弟の言うことは何一つ理解できなかった。


「なら俺を殺すまでも無い。好きに生きればいい。俺が許す」

 であれば、と次男殿下はそう言った。

 こんな弟が自分の後釜として控えるのでは落ち着かない。

 ならまだ末の弟方がマシだ。


「あんたはそれでいいだろうけど、世間も家臣もそれを許さない」

 言われ、確かに。と納得した。

 しかしその後が納得できなかった。

「だがそれで俺を殺したら本末転倒じゃないか。

 俺が死んだら今度はおまえが子爵になるんだぞ?」


 これには三男殿下が笑って答えた。

「この期に及んだら、そ、そっちの方が自由になれるんだ。

 子爵トップになったなら、宰相でも立てて政治は全部任せてしまえばいいだろう?」

 これもまたなるほど、と思った。

 自分も軍事はともかく政治となるとからっきしな自覚がある。

 ゆえに将来を考えればおそらく政治は誰かに任せることになる。

 つまりこの弟は、政治も軍事も誰かに任せてしまって、後は自由に生きるつもりなのだ。


 そんな無責任な。

 こいつとはさすがにこれ以上話しても解り合えない。

 次男殿下はこの段でようやくそう理解した。


「であれば、やり合うしかなさそうだな。すまんが付き合ってくれ」

 次男殿下は自分を守る様に立ち近衛にそう声をかけた。

「安らぎの黄泉(こうせん)までお供しましょう」


 そして十人の荒くれが二人に襲い掛かった。

続きは来週火曜に

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