422トラピア四兄弟その6
「第一回対鉄血同盟会議ぃ~! ハイ皆さん拍手」
とある国の領主城にある御前会議用の部屋で、元ハイラス伯であるヴァイセルがそう音頭を取った。
「お、おう」
集まった面々は妙にハイテンションな、今や無官のおっさんの態度に引きつつまばらに拍手を送る。
だがヴァイセルはそんな低テンション気味な国主たちに胡散臭い笑顔を向けてこうのたまった。
「まぁなんですか。かの鉄血姫が動き出すのは春の農繁期が終わってからでしょうし、こちらとしてはその前に動きたい。
であればあまり時間はありません。
儀礼的な前置きなど捨てて、実のある話をどんどん進めていきましょうや」
こう言われればここに集まった者たちの表情もいやがうえにも引き締まる。
集まった者たちと言えば、先にも述べた「対鉄血同盟」に参加した国々の代表たちなのだから。
とは言え、重ねて言うがそれぞれが国を背負っての代表である。
迂闊に妙な言質を取られては、自国ばかりに負担がかかることだって十分あり得る。
ゆえにそれぞれがそれぞれの顔色を窺うように鋭くお互いを見回すばかりだった。
みなが無言で睨み合う間に、簡単に紹介しておこう。
まずは勝手に議長ぶっているヴァイセル。
彼がこの同盟をそそのかした張本人である。
次に国の位置が北から順番に、デーン男爵国、バルカ男爵国、オスト男爵国の国主たち。
つまりこの三名は男爵国の男爵陛下本人である。
そして自然と末席に座るのがトラピア子爵国からやってきた、故トラピア子爵の次男殿下だ。
彼は長兄の死を悼みつつもその後始末を騎士府長サイに任せ、急ぎヴァイセルに繋ぎを取り同盟参加を表明した。
それから数日を経て、彼はこの会議が開催されているオスト男爵国へとやってきたのだ。
「まったく。集まるのであれば最初に同盟参加を表明した我がデーン男爵国なのではないか?」
と、まず軽いジャブとばかりに参加国の中で最北のデーン男爵が口火を切った。
だがこれにはすぐに開催国のオスト男爵が首を振って答える。
「この季節、貴国は雪深いでな。集まるには不向きよ」
実際、その通りの理由で選ばれたのがオスト男爵国だったので、他の誰もこれ以上反論をしなかった。
だがこのやりとりに焦れた若い代表が、その苛立ちを机にぶつけながら立ち上がる。
「そんなことはどうでもいい。今は侵略者に対抗するために、我ら同盟がどうするかを話す場だろう!?」
これに男爵たちは陰でニヤリとほくそえみつつ、平然としたフリで彼を見る。
「勇ましいことだ。さすがは次期子爵殿というところか」
「いやはやお若い」
「では殿下。そなたはどうすればいいと思うのだ。何か腹案があるのだろう?」
ここぞとばかり、彼の発言を促す三男爵に、次男殿下は一瞬たじろいた。
だがすぐに気を取り直してその考えを語る。
「かの大国と戦うのだ。分散していては各個撃破されるだけだろう。
であれば、我ら同盟で兵を集結させて攻め入るのが良い」
これは戦いの定石と言えるだろう。そんなことは、他の者も重々承知している。
だが三男爵もこれにウンと言えない事情がある。
つまり、彼らは同盟こそ組みはしたが、かといってすべて信用し合える仲良しではないのだ。
というか隣国であれば何らかの利害がぶつかることは当たり前で、ゆえに表面でニコニコ手を結びつつ、後ろ手に拳を握っているのが彼らの外交だった。
ならば、かの若武者殿下に素直な頷きを見せるわけにもいかない。
「確かにその通りではあるがな。ではどこに兵を集めるかが問題となる」
「そうだな。そうなるならやはり我がオスト国が適切ではないか?
気候的にも位置的にもちょうど良かろう」
「そうは言うがこの国は山間が過ぎる。位置的な話で言えばまだ平坦の多い我がバルカ国の方が良いのではないか」
「ここはやはりデーン国が……」
「貴国はさっきも言ったが今は雪深いし、春先はその雪解けの汚泥で大変であろうが」
「ぐぬぬ」
みなで侵略者の鉄血姫に対抗しようというのに、結局はその同盟内で主導権争いだ。
これでは成るモノもならないだろう。
次男殿下はそうイライラを募らせた。
その頃、かの鉄血姫エルシィは、自らの執務室にてまん丸パンケーキを食べていた。
「ホットケーキおいちい!
やっぱりホットケーキと言えばまん丸厚焼きに限ります」
「エルシィ様、口元が……」
「ん」
はちみつで塗れた口元を侍女頭キャリナに拭われつつ、エルシィは両手に持っていたカトラリーをことりと置く。
エルシィの執務机の前に緊張気味に立つのは商人風の男だ。
彼が無言のままなのでしばし観察をしてから、エルシィは先ほどライネリオから渡された提出書類をめくる。
これは先日、この商人風の男が財司に提出した事業計画書である。
であるから、すでに財司の可印は押されていた。
「はちみつの取り扱い許可申請とその事業計画、ですね。
ふむ、具体的でよくまとまっております。ひとまず春からこれで進めてみるといいでしょう」
エルシィよりそう言われ、商人はホッと安堵のため息をついて肩から力を抜いた。
この世界において、はちみつは非常に高価な甘味である。
ともすれば栽培が可能な砂糖より高価な場合もある。
というのも、はちみつと言えば基本天然モノしかないからだ。
天然モノゆえ、採れるかどうかが運任せな部分が大きい。
この天然はちみつ、採取するにはミツバチの巣を壊して強奪するしかない。
なのでこの文化圏においては一般的に取り扱いを政府許可制にして採り過ぎないように指導しているのだ。
そのはちみつ取り扱いを始めたいと、この商人は許可を求めてやってきているのである。
「それはそれとして」
と、エルシィはまだ食べかけのパンケーキを前に手を組んで目を光らせる。
「はっ!」
商人は再び肩に力を入れて鯱張る。
彼の様な木っ端商人から見れば、侯爵は天上人である。
彼の今後の生活はかの侯爵閣下の一言で決まると言っても過言ではない。
そんな商人の緊張をよそに、エルシィは言葉をつづけた。
「養蜂に、興味はありませんか?」
「……よーほー、でありますか」
途端、商人の強張った顔は疑問符に埋め尽くされた。
エルシィから養蜂について説明を受けた商人は、まだ半信半疑という顔で退出していった。
ともかくエルシィの財布からも融資するので春からやってみよう。ということになった。
「ところでエルシィ」
「なんですかアベル?」
「最近ああいう感じで商売の相談? を受けてるようだけど、なぜなんだ?
あんなの財司か水司の仕事だろう?」
ふと、神孫の弟の方、アベルがそう言った。
彼の疑問はまったくその通りであるが、エルシィは「よくぞ聞いてくれました」という顔で頷いた。
「彼らは元小麦商なのですよ。
こちらの都合で小麦商を廃業することになりましたので、商売替えされる方にはこうして相談や融資を行っているところなのです」
「……それにしては逆に少なくないか?」
「多くは取引所の職員としてスカウトしましたからね。
今ああして来てる方々はまだ商売の道をあきらめたくない方々です」
「なるほど、そう言うこともあるのか」
そう言うことなのであった。
つづきは来週の火曜に