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418トラピア四兄弟その2

「殿下、筋が乱れておりますな。もう少し心を落ち着かされよ」

 場所はトラピア子爵国騎士府訓練場。

 騎士府長であるサイは若手の従騎士と共にグレイブを振るう青年に注意を促した。

「くっ、わかってる」

 傍から見ても苛立ちを隠せずにいる青年、故トラピア子爵の次男殿下は、乱暴にグレイブを振り下げながら答えてフンと顔を逸らした。


 自分でもわかっているんのだ。

 だがこの苛立ちをどうしたらいいのか、それが判らないのだ。


 トラピア子爵国継承権二位にいる次男殿下。御年二五歳。

 温厚で思想的にも政治路線的にも父を継承する長兄とは違い、彼は幼いころから武門へと進んだ。

 夢は「軍部を率いて兄の政道を支える」ことであった。

 「あった」というからにはそれはもう過去の話。

 すでに望んでいたその道が有名無実であることを、彼は道理として理解してしまい霧散した夢なのである。


 そう、彼らの生まれたこの時代。世は平和なのだ。


 ゆえに次男はイライラしていた。

 これはここ半年ほどずっとそうだった。

 なぜ半年前か。

 この平和な世では(いくさ)で活躍するなどもうあり得ない。そう思っていたところで、その戦で華々しく活躍した者の話を耳にしてしまったからだ。


 その名をジズ公国姫君でエルシィといった。

 また配下にあり、戦場で幾多を斬ったという鬼騎士ホーテンといった。

 他にもいくつか知らぬ名を聞き、彼は「自分はこんな片田舎で何をくすぶっているのか」と苛立ちを覚えてしまったのだ。


 いや、わかっているのだ。

 自分の国が余計な戦乱に巻き込まれずに済んでいるのは、とても良いことなのだと。

 それでも眠っていた過去の夢が彼を苛立たせるのだ。



 注意してもどうにもなることではない。そうため息をつき、騎士府長サイ氏は肩をすくめた。

 気持ちは解る。

 彼も武門の生まれで、半生を武の道に捧げて来た男だ。

 半年前にハイラス伯国を征したかの公女殿下より使者の訪問を受け、話を聞いて以来はずっと考えているのだ。

 名高い鬼騎士に挑んでみたい。と。


 だがそれはトラピア国が噂に聞く鉄血の姫君と戦うということでもある。

 国の重鎮たる自分がおいそれと口にしていいモノではない。

 彼にもそれくらいの分別はあった。



 さて、そうした一種薄暗い感情渦巻く訓練場に、一人の小者がやってきた。

 小者はキョロキョロとしてから次男殿下を見つけてこちらへやってくる。

 来て、数歩を残したところで跪いて口上を述べる。

 つまりこの小者は伝令係の申次なのだ。


「殿下にお客様が訪ねておいでです。

 今は騎士府の応接の間にてお待ちいただいております」

 それを聞き、次男殿下はボサボサになった髪を粗野にかき上げながら首を傾げた。

「俺に、客? いったいどこのどいつだ」


 彼には彼の付き合いがある。

 だが国政にはほぼ関わらない彼を訪ねてくるなど、普通は騎士府や近衛府の武人か、もしくは遊んだツケの支払いを求める商人くらいだ。

 だがそんな者を申次が「客」などと呼ぶことはない。


 申次は答えて言った。

「はっ、お客人は『旧ハイラス伯ヴァイセルである』と名乗っておいでです」

「ヴァイセルだと? 鉄血姫に国を盗られた負け犬が俺にいったい何の用だ」

「……さすがにそこまではわかりかねます」

 噛みつくほどの勢いで問われ、申次は震えるように後退った。


「ふん」

 次男殿下はそんな申次の態度に幾ばくかの留飲を下げた。

 まぁ、来たというなら会えば判ることか。

 と、そこへサイ騎士府長がひょこッと口を挟む。

「殿下。私も同行してよろしいでしょうか」

「なんだ? 何か懸念があるのか?」

「いえ、特には。興味本位ですな。

 まぁ強いて言うなら殿下の護衛代わりとでも言いましょうか」

「そんなものは近衛がいる……まぁいいだろう。お前も来い」

「ご許可ありがとうございます」

 サイ士長はわざとらしく恭し気な礼を挙げた。


 騎士府の事務を執り行う場所は、訓練場とほ同義である。

 訓練場は円形のスタジアムの様な造りになっており、囲う建造物がそれにあたる。

 なので騎士府の応接間も当然そこにある。

 つまり、次男殿下と騎士府長、そして殿下の近衛士がゆっくり歩いても到着はすぐであった。


 応接の間に入れば、優雅にくつろぐ遊び人風の中年がいた。

「やぁ殿下、たいそう久しぶりだねぇ。前に会ったのは、君がこんな小さなころだったか」

 そう言って出迎えたヴァイセルは、笑いながら幼少の頃の次男殿下を示すように人差し指と親指を広げて見せた。

 次男殿下はまたイラっとしたが、抑えるためにそのくだらないネタを無視した。


「ふん、例の鉄血姫に追い出された負け犬が。いったい俺に何の用だ。

 政治の相談なら兄上のところに行け」

 そんな悪態も本当のことなのでヴァイセルは涼しい顔でスルーだ。

 そして内心で笑う。


 実はこの時、すでに彼は長男殿下の元には行った後なのだ。

 だがそんなのはおくびにも出さずに、馴れ馴れしく次男殿下の肩を抱く。

「いやいや、長男殿はお堅くて話にならないんで真っ先に君のところに来たのさ」

 次男殿下はうさん臭さを感じつつも興味を示した。

 兄より自分を重んじた。

 そう聞こえたからだ。


「……それで?」

「端的に言おう。これは親切心からの言葉だと思ってほしい。

 このままじゃこの国は、あの鉄血の姫君にすりつぶされるよ?」


 次男殿下の全身がブルッと震えた。

 寒さや恐れからではない。これはなんだ。

 判断つかないうちに、ヴァイセルが次の言葉を紡いだ。


「彼女の猛威からこの国を守れるのは誰だい。……君だろう?」

 この時気付いた。

 この震えは……、俺は歓喜に打ち震えているのだ。と。

続きは来週の火曜に

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