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416トラピア子爵国の挙兵

 エルシィの結婚話から何やら妙に緊迫した雰囲気になってしまった執務室だったが、これを打破したのはやはりこの男、クーネルだった。

「ま、まぁエルシィ様はまだお若いですし、まだまだ躍進されることもあるでしょうし、これからですよこれから!」


 わざとらしい明るい声でのこの言は、無理やりであっても皆に受け入れられることになる。

 誰もが「この話は封をして蔵の奥に押し込めておいた方がいいだろう」と思っていたのだから是非もない。


 エルシィもまたこれに関しては気楽なモノであったから、場の空気に流されるようにその話題をやめることに無言で賛意を示した。


 まぁエルシィはなんだかんだ言って大公家の娘であり、形ばかりではあってもジズ大公の配下に過ぎない。

 であれば、自分がもし未婚のまま終わっても、次期大公となる兄殿下の次男以降にでも継がせればいいのだ。

 何なら養子をとったっていいのだ。


 エルシィの内心と言えばそんなもんだった。

 ちなみにこの時点で「エルシィが結婚するということは相手が男である」という事実には思い至っていなかった。


「さて、そろそろ私どもは失礼させていただきましょうかね」

「そうですね、クーネル様」

 場の雰囲気が無理くり和んだところでクーネルとその秘書であり奥の方であるナサレナは静かに立ち上がった。

 立ち上がり、辞去の言葉などを続けようかとしたその時だった。


 流れの腰を折る様に、執務室のドアがいくらか無骨な響きでノックされた。

 すぐにアベルが動き、小さく扉を開けて相手を確認する。

 ドアの向こうにいたのは歳のわりにまだまだ若々しい美丈夫将軍スプレンドだった。


「歓談中失礼します。動きがありましたのでご報告に上がりました」

 スプレンド将軍は元腹心であったクーネルの姿を一瞬だけすまなそうに見止めてからそう言った。

 エルシィも、またアベルやヘイナルも一瞬でピリッとした空気に代わる。


「え、なんですか?

 いや、忙しくなりそうな雰囲気ですし、あたしらは早々に帰った方がよさそうですね?」

 クーネルは空気を読む男である。

 ゆえに、このままいれば厄介ごとに巻き込まれるだろうという予感の元に、立ち去ろうと決心する。

 が、スプレンド将軍の横を通って出て行こうとした瞬間に、その肩をガッとつかまれた。

 犯人は当のスプレンド将軍である。


「まぁまぁいいじゃないかクーネル。私とも旧交を温めよう」

「そうですねクーネルさん。積もる話もあるでしょう?

 すぐ場を用意しますんで!」

 エルシィもまた悪い笑顔でそんなことを言う。

 この意を察して、出来人ライネリオもまたすぐに会議室の準備や、そこに集めるべき各位への連絡の為、申次の者を数名走らせた。


 クーネルの秘書でもあるナサレナは、あきらめたようにため息をついた。



 ちょうどその頃。

 セルテ侯爵領の南東側にある小国、トラピア子爵国は兵をあげてセルテ領との国境付近に進軍していた。

 トラピア子爵国とは、エルシィがハイラス領を征した後に兄殿下カスペルを筆頭とする外交団の訪問を最初に受けた国である。

 そしてまた、最初に友好的な国交を約束した国でもあった。


 その友好国であったはずの首長であるトラピア子爵は、進軍後方の神輿に乗ったまま頭を抱えた。

「どうしてこうなった?」

「子爵陛下、兵が見ております。自重してください」

「あ、ああ。そうだな」

 側近であり近衛でもある毅然とした中年男の言に渋々頷き、トラピア子爵は身体だけはピンと背筋を伸ばして神輿の玉座に深く座りなおす。


 トラピア子爵はまだ二十歳になったばかりの若くそして気弱そうな男だった。

 そしてカスペル殿下の訪問を受けた時の子爵陛下ではなかった。


 そう、先代子爵陛下は、過ぎ去りし冬の最初の頃。

 つまりエルシィがデーン男爵国にそそのかされたダプラ砦将とやりあった頃に胃腸炎にかかり急逝された。

 現子爵はその地位を受け継いでまだ()()と経っていないのである。


 医療が未発達な社会では、胃腸炎で亡くなる方がびっくりするほど多い。

 やはり人間、飲食で栄養を補給することがいかに大事なのかがよくわかる。

 我らの住む現代社会でも、長生きするのは何と言っても胃腸の強い人なのだ。


 さて、少し話がずれたので戻そう。


 ここで鋭いお方々は、先代子爵がお隠れになってから現子爵に継がれるまでに間があることに気付くかもしれない

 実はそこに彼にとっての悲劇があった。


 そも、彼は先代子爵の四男坊であり、本来であれば父子爵の後を継ぐことなどなく、新たな子爵を支える良家の一つとなるか、はたまた幾ばくかの財を分け与えられ平民として市井の職を求めるかどちらかの運命であった。


 そんな彼がなぜ子爵となったのか。

 それを語るには少しばかり時を戻さなければならない。

 その時とは、デーン男爵がハイラスから落ち延びた旧伯爵ヴァイセルにそそのかされて、兵をあげることを決心した頃である。


 つまり、話は年明けの頃まで戻る。

続きはは来週の火曜日に

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― 新着の感想 ―
ヴァイセルは厄介ごとしか起こさないですね、女神に人口減らすように言われてるのはこいつなのではないのか? と思うほど、各地で乱を引き起こしてますね。
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