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415結婚話

「それにしても結婚……ですか」

 ひとしきりおめでたい笑いと苦笑いが落ち着くと、エルシィは遠くを見るようにしてシミジミとつぶやいた。


 思えばこの身体、エルシィになる前の上島丈二もかなりいい歳をして独身だった。

 そもそもあちこち飛び回る生活だったので出会いも無ければ誰かと愛を育む暇もなかったと言えばそうだったのだが、根本にあるのは「面倒くさい」と言いう意識だったように思う。

 そんな不精にも似た思いで結局ズルズルと歳を重ねていった結果の独身だった。


 まぁ結果から言えばそれで良かったのかも知れない。

 向こうで上島丈二の身体がどうなっているのかわからないが、エルシィとなったことで急にいなくなったのだとすれば、仮にいたとする奥様も大騒ぎだっただろう。


 いなくても騒ぎになってる可能性はあるが、それでも騒ぐ人らの心情は他人事で済むのだ。


 そんなことをかみしめるように考えてると、それとは全然違う察しを得てしまったクーネルが少し楽し気にヒゲを撫でて言う。

「おや、エルシィ様も結婚が気になりますか。誰か意中の方でも?」

 ぼーっと物思いに耽っていたエルシィの脳にこの言葉が染み入るまでしばしの時間がかかった。

 ゆえに傍から見ればその意中を自ら探るような顔に見えた。


「なに! そうなのかエルシィ!?」

「アベル、貧乏ゆすりが凄いぞ」

「そ、そんなことはない」

 なにに焦っているのかという風にヘイナルはアベルの肩を「どうどう」とそっと叩くのだった。


 周囲の反応に少しびっくりしつつ、エルシィは苦笑いを浮かべる。

「いいえ、全くないですね。というかわたくしまだ八歳ですよ?

 結婚などまだまだ……」

 言いかけたところで、キャリナが首を振る。

「いいえ、エルシィ様」

「?」


 なにに対しての「イイエ」だろうか。

 エルシィはぎもん気に首を傾げた。

 最初に問いかけたクーネルは無責任な顔で楽しそうにしている。

 またアベルは見開いたままキャリナに視線を移した。


「エルシィ様はもう八歳ではなく九歳です。

 大公家の娘ともなればそろそろ婚約の話があってもいいころ合いではあります」

 そんな言葉に、いつの間にか歳を重ねていたという驚きと共に、なるほど、とエルシィは頷いた。


 そもそも年齢による適齢期の尺度を我々の知る、丈二が元居た世界の感覚で語ることはできない。

 食事情や医療がそれほど発達していないこの世界では、寿命だって比較すれば短いだろう。

 そうなれば結婚出産だって早くて当然なのである。

 おっさんになって結婚したクーネルこそ、むしろ例外中の例外なのである。

 そして貴族の娘であればなおいわんや、である。


「そう言えばそうだが、それにしては何も聞かないな?」

 と、ヘイナルはキャリナに問いかける。

 キャリナと共に多くの時間をエルシィの側近として過ごしているヘイナルが聞かないくらいなので、そんな話が来ていないと言っても過言でもないだろう。


「それはそうです。

 エルシィ様はつい一年前までほぼベッドにいる生活でしたから、そんな話を持ち掛ける者もいなければ、ヨルディス大公陛下も勧める気にはなれなかったでしょう」

「確かにな。

 だが今は違うだろう?」


 ヘイナルも元のエルシィの様子は良く知っている。

 ゆえに大きく頷いたが、それでも今は健康そのもの。少しばかり身体が小さいし体力もないが、あの頃から比べれば突然頓死するような具合もない。

 で、あればどこかからそういう話が転がり込んできてもおかしくはないのだ。


「それについては私から」

 そこへ少し離れたところで話には加わらず執務を進めていた青年がふと割り込んできた。

 宰相と呼ばれる側近の一人、ライネリオだ。


 ライネリオは書棚の奥に置いてあったと思われる立派な表紙の、だが妙に薄い書類を数冊持ってきた。

「婚約の打診、来てないことはないんですよ」

「来てるのか!?」

「アベルうるさい」

 いちいち驚きに声を上げてしまうアベルだったが、すぐにヘイナルから指摘されて自分の行いに気付いたように押し黙る。

 だがその目はライネリオの持っている書類にくぎ付けだ。

 これはおそらく、婚約の打診とやらと同時に送られてきた釣書なのだろう。


「ほー、初耳ですね」

 エルシィもまた驚きの顔でその閉じられたままの釣書に注目した。

 ライネリオは肩をすくめたまま、雑にその数冊の釣書を自分の執務机に放り投げた。

 いつも丁寧な彼らしからぬ態度ではあるが、たまにあるこんな時の彼は例にもれずどす黒い感情を煮詰めたような薄ら笑いを浮かべている。


「それはですね。こんなものを見せてもお目汚しお耳汚しにしかならないからです。

 大公家のご令嬢であるだけならともかく、すでにいくつもの爵位を持つエルシィ様ですから、身の程を弁えた者ほど婚約などと言い出すことはできません」

「つまり?」

 答えなどわかってて、エルシィは聞き返した。

 ゆえにライネリオも口元をゆがめるだけで無言のままで鼻で笑った。


 アベルはどこかホッとした様子だった。

続きは金曜日に

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― 新着の感想 ―
つまり、今のエルシィに釣り合う者など殆どいない それは爵位や領地、示した武勇や内省の手腕という政治家としての立場もそうだし、年齢的に釣り合う者という意味でも 釣書を送ってくる者はダメで元々、何かの間…
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