409年越しの宴その4
商人たちが去っていくと、次には二人連れがやってきた。
背がピンと伸びカクシャクとした老婆と、見目麗しい顔の青年だ。
どちらも全体的に白系統の衣服に身を包んでいる。
「早いもんで今年ももう終わりだねぇ」
「里の件ではお世話になりました」
だがそうお互いに声を発しつつ杯を掲げたところで二人は顔を見合わせた。
その表情はどちらも「今気づいた」という風なので、示し合わせて一緒に来たわけではないようだ。
「はい、旧年中はお世話になりました。ポレット先生。メギスト先生」
エルシィはその様子を少し可笑しそうに見てから順番に杯を合わせながら言った。
ポレットと呼ばれた老婆はこの城に詰めている医者であり、古くからここでセルテ侯爵の一族を診て来た典医でもある。
そのポレットは肩をすくめてもう一人の人間とは思えない作り物の様な成年に目を向ける。
「かち合ってしまってすまないね。話すことがあるなら譲るよ」
「いえいえ、こちらこそすみません。どうぞそちらから」
言われた青年、メギストと呼ばれたこの男もまた、穏やかそうな笑みを浮かべてそう譲った。
メギストはセルテ領内にあるボーゼス山脈に住む薬神である。
神と言っても彼曰く「戦神にして火神ティタノヴィアや運命の女神アルディスタに比べれば小神も小神である」という。
だが神として持つ長い寿命を費やした研究と得た技術と知識は、やはり人間とは隔絶している。
さて、素直に順番を譲られたポレットは、少し厳しめの顔でエルシィに対峙する。
「それでエルシィ様。最近はちゃんと休んでいるかい?」
以前、過労であると診断され、それ以降はたびたび注意されているのでなるべく休むようにはしているエルシィである。
が、それでも女児にしてはやらなければいけない仕事が多すぎるのでどうしたってオーバーワーク気味になりがちだった。
ゆえにエルシィは少し目を逸らしながら「ええ、まぁ」と頷いた。
その様子にポレットは大きなため息を吐いてから、今度はキャリナに目を向けた。
「栄養が足りてないんじゃないかい? エルシィ様は去年からどれくらい身長が伸びたのかね?」
問われ、キャリナはしどろもどろと答える。
「ええと、ほぼ伸びてません」
実際には全然伸びていない。
「子供なんて放っておいてもどんどん背が伸びるだろうに。
やっぱり食事が足りないんじゃないかい?
少しぽっちゃりしてもいいからどんどん食べさせな。
あと睡眠だ。どんなに忙しくても寝る時間を削っちゃいけないよ」
「しょ、承知いたしました」
随時押され気味でそのように言葉を結ばれた
ひとしきりエルシィとポレットの会話が済んだところで、改めて二人を互いに紹介する。
話を聞き、ポレットは感心気に頷いた。
「ほう、薬師でしたか。でしたら良い薬があれば相談したいところですね」
互いの紹介が終わるとポレット先生はそんなことを言う。
エルシィとメギストはきょとんとした顔を互いに見合わせた。
「何か流行り病でもあるのですか?」
エルシィがそう問うと、ポレットは小さくため息をついて手にしていた杯を傍らの小テーブルに置く。
「この冬は質が悪い肺炎が流行しそうな兆しがあってねぇ」
「肺炎……でしたか」
なるほど、とエルシィは頷いた。
冬は当然寒くなり、そうなると風邪や肺炎が流行するのも道理である。
「ところで風邪と肺炎は何が違うのですか?」
と、これはエルシィの傍らにいたキャリナからの問いだ。
正直言えばエルシィも区別がついていないので興味ありという顔でポレットに注目した。
「ふむ。熱が出たり咳が出たりと似ているから仕方ないね。
簡単に言えば風は鼻や気道にかかる病気。肺炎は肺にかかる病気さね」
「なるほど?」
わかったようなわかってないような雰囲気で、二人はあいまいに頷いた。
「肺炎の薬……ですか。でしたらちょうど良いモノがあるので試してみますか?
少し前に発見した、特定の青カビ株から発見したモノなのですけど」
「カビ? それは本当に大丈夫なのかい?」
「まぁ絶対に効くとまでは言いませんが、試してみて損はないと思いますよ」
そういえば最初に彼に会った時、そんな研究の話をしていたな。と、エルシィはおぼろげな記憶を手繰りながら二人の会話を流し聞いた。
しばし病気と薬に関する談義が続いたところで、思い出したようにメギストが視線をさっとエルシィへと向ける。
「そうそう言い忘れるところでした。
エルシィさん、硫黄の使い道に何か心当たりはありませんか?」
「硫黄、ですか? はて?」
唐突な話題転換に、エルシィはぐりんと大きく首をかしげる。
さすがにいきなり過ぎたか、とメギストは笑って話の経緯を説明する。
「先日、エルシィさん……というより弟子のトウキから依頼された件です」
とは言え、その説明がこんなだからエルシィも少し考える羽目になった。
考え、やっとピンと来たのは石油のことである。
少し前にヴィーク男爵国で自噴していた石油に目を付けたエルシィは、メギストの弟子である黒いねこ耳のトウキ少年を家臣に貰い受け、石油精製の任についてもらった。
その過程で、石油精製や生成物を燃やしたときに発生する煤煙から脱硫、つまり硫黄分の除去をする方法をメギストに請いたわけだ。
その報酬は除去された硫黄をメギストが得る。というモノであった。
と、そこまで思い出してエルシィは疑問を口にする。
「確かその硫黄で何か薬を作るとかおっしゃってなかったでしたっけ?」
そう、なぜメギストが硫黄を欲したかと言えば、様々な薬品の原料として使えるから、ということであった。
メギストはにこやかに大きく頷いてから少しだけ困った顔で腕を組んだ。
「そうなのですけどね。ちょっと手に入る硫黄が想定より多かったもので。
何か硫黄製品で入用があればと」
「なるほどー」
エルシィもまたこの言葉を受けて、少し困り顔で腕を組んだ。
正直、いきなり言われてもすぐに硫黄の活用法など思いつかなかったからだ。
「硫黄が余っておると、そう聞こえたが?」
と、そこへ割り込むようにやってきた者がいる。
それはガルダル男爵国から追い出されるように出奔し、果てにエルしいの家臣となった博物学博士リクハド老であった。
続きは金曜日に