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041出迎えに

 大公執務室でヨルディス陛下出迎えの為、忙しそうに各所へ指示を飛ばすカスペル殿下を横目で見つつ、エルシィはジズ公国の戦力を考える。

 ジズ公国の戦力と言えばまず騎士府。

 騎士府は正騎士五〇名、従騎士五〇名、騎士長、副長、それぞれの副官。

 あとは騎士府にて様々な庶務に携わる職員が二〇名ほどいるが、これは戦力には数えられないだろう。

 また、従騎士や副官は、戦いにおいては正騎士や長たちが(いくさ)に専念できるよう小間使いをするのが仕事なので、純粋な戦力でもない。

 つまり五二名が戦力と数えられる。

 次に警士府。

 こちらは職員合わせて四五〇名が司府に従事しているが、戦闘訓練を受けているのはそのうちの四〇〇名だ。

 ではこれらの中で、エルシィが動かせる戦力はどれほどあるだろうか。

 そこまで思考を滑らせて、エルシィは大きく溜息を吐いた。

 まだ兄殿下の代理程度のお役目しかいただいていないエルシィに、指揮権などありはしないのだ。

 強いて言えば、近衛士のヘイナルとフレヤがエルシィ配下と言えるかもしれないが、近衛士の仕事はあくまで護衛なので、両名ともエルシィを守る戦いしかしないだろう。

 つまり、今回あるかもしれない迎撃に出てもらえるような戦力ではない。

 まぁ、どちらにしろ、指揮権があったからと言っておいそれと動かせるものではないのも確かである。

 戦力を動かすためには、物資の準備など様々な手続きが必要なのだ。

 今回はまずヨルディス陛下のお出迎えをしなければならないので、そこへ騎士や警士を招集して並べ立てれば、陛下への反逆を疑われてもおかしくない。

 やるならあくまで自然に、おかしな疑いを受けない様に。

 なおかつカスペル殿下に指揮してもらわなければならない。

 なぜなら国主代理はあくまでカスペル殿下であり、統帥権は彼にあるからだ。

 さあ、どうしよう。

 そこでエルシィはふと、騎士府の訓練場でのことを思い出した。

 騎士府訓練場ではジョギングや健康太極拳ばかりやっているエルシィだが、騎士たちは彼女に付き合いながら自分たちの訓練もしっかりやっている。

 基礎トレーニングから、槍や剣の組手、散打など。

 その中でエルシィは思い付き、カスペル殿下の指示の手が途切れたところを見計らって声を掛けた。

「お兄さま、騎士府に出動要請を行ってはいかがですか?」

「騎士府……。なぜだい?」

 唐突に申し入れられた妹の案に、カスペル殿下はすぐさま首を傾げる。

 エルシィは取り繕った笑顔を浮かべながら、少し緊張して固唾を飲んだ。

 ここで兄殿下を納得させないと、何の対策も無いままに行かなければならない。

「騎士府の皆さまに栄誉礼の儀を行っていただいてはどうでしょう」

「ふむ」

 妹姫の言葉に、カスペル殿下は「一考の余地あり」と顎を撫でて考え込んだ。

 栄誉礼とは軍隊が貴顕を歓迎するために捧げる儀礼である。

 丈二が元いた日本を含む世界では、捧げ銃と同時に軍楽隊が国歌等を奏でるのが通例である。

 対し、この国での栄誉礼はどういうものであるかと言えば、騎士たちによる捧げ槍からの、シンクロ演武である。

 いや、実践型よりは魅せる演技に近いので、演舞と言った方が良いかもしれない。

 海外から要人がやって来ることがほとんどないジズ公国だが、それでもこうした栄誉礼は騎士の嗜みなので、常に一定の訓練は行われている。

 騎士府訓練グランドへ通い詰めていたエルシィも、何度かそれを目にしていたが為の提案だった。

「良い考えかもしれないね。よし、ホーテン卿へ要請を出そう」

 どうやら納得してもらえたようで、エルシィはホッと胸を撫でおろした。

 さて、胸によぎる予感は、果たして当たるのか。

 むしろ外れてくれれば良いのだけど。

 と、エルシィは執務室の大鳳旗を見上げて、母の無事を祈った。



 ほどなくしてカスペル殿下の指示は終わり、兄妹両殿下は揃って城から出発した。

 出発直前にもう一度城の五層から見た時には、ヨルディス殿下の御座船であるイルマタル号はすでに港で入港準備を始めており、帆を畳んで数隻のタグボートによって曳かれているところだった。

 大きな船はたいてい、自船の動力で直接港まで入るのではなく、近くで停船した後に曳航船(タグボート)で接舷させるのだ。

 ちなみにこれは出港時も同じである。

 つまり、タグボートが付いているということは、すでに入港まで数一〇分ということである。

 少し急ぎ気味に馬車は大通りを進む。

 焔神ティタノヴィアの山裾野にある城から港まではそこそこ距離があるが、この大通りを行けばまっすぐ一本道なので到着までそれほど時間はかからないだろう。

 大公家用に設えられた装飾の多い馬車を囲むのは、カスペル殿下とエルシィの近衛士が騎乗して計六名。

 その後ろにはホーテン卿を先頭にした二〇騎の騎士が続いている。

 ちなみに二〇騎は、騎士長ホーテン卿とその副官、正騎士九名と同数の従騎士という内訳になる。

 他にも先頭の馬車に同乗していない侍従侍女の馬車や、内外の司府長の馬車なども同行して、港へ続く大通りは格式の高い馬車と騎馬の大名行列となった。

 また、大通りの庶民たちにもすでに通達がされたようで、馬車の行く手を遮るようなものはおらず、普段この時間なら出ている市も早々と片付けられていた。

 おかげで馬車はペースを落とすことなく、港まで進むことが出来る。

 ところがだ。

 窓から流れる街の景色を眺めていたカスペル殿下は、未だ港まで数一〇〇mはあるだろうという位置で速度を緩めた馬車に首を傾げた。

「どうしたのでしょうね?」

「さぁ」

 対面に座っていたエルシィも眉を寄せて問いかけ、同乗していた侍女キャリナもまた首を傾げた。

 当然兄殿下もその答えを持っている訳なく、それ知るために窓へと顔を寄せる。

 見えたのは、すぐ近くへ馬を寄せた彼の近衛士イェルハルドだった。

「どうした?」

「は、港の様子が何やら不穏であります」

 車列はいつの間にか停止しており、馬車に並んだイェルハルドは自らの主へそう答えた。

「不穏とは?」

 だがカスペル殿下はその不明瞭な回答に対し、不満げに眉をしかめる。

 イェルハルドも何と答えたものかと困っているようで、考えるように港を見つめた。

 しばしの沈黙の後に、もう一騎の近衛士がやって来た。

 これもまた、カスペル殿下の近衛士だ。

「クリストフェル、どうであった?」

「は、陛下の姿はありません。代わりに、ハイラス伯国の紋を付けた兵ばかりが下船しております」

 どうやらクリストフェルと呼ばれた若い近衛士は、斥候役として港の様子を伺いに行かされていたようで、二人は馬上のままにそのような会話を交わした。

 側で聞いていた馬車上のカスペル殿下もその不穏さを察したようで、すぐさま自分の目で確かめようと、馬車の窓から箱乗りで身を乗り出そうとした。

「いけません殿下!」

 カスペル殿下の隣に同乗していた彼の侍従が慌ててその身を戻そうと引っ張る。

 が、すでに年配の彼では騎士府で訓練も受けている若者を止めるほどの力は無く、カスペル殿下は侍従を引きずったまま窓から半身を乗り出した。

 彼の目に映ったのは、イルマタル号と四隻の船が停泊し、重装な武器防具を身に着けた兵士が次々と下船しては整列しているところだった。

 指揮官クラスなのだろう、騎馬兵もいくらか姿が見える。

「なんだこれは……」

 箱乗り状態で呆然と、いや愕然とした態でカスペル殿下が声をもらす。

 周りを守る近衛士たちも、困惑と不安の入り混じった表情で、自らの主と港の様子を眺めていた。

「なにごとですか?」

 未だ馬車の中でその様子を知り得なかったエルシィは、痺れを切らして自らも窓から顔を出してみる。

 そして、そこにいた誰よりも深刻な表情で声を上げた。

「御者さん、Uターンお願いします! お城に逃げますよ!」

 エルシィの思いは「やはり」だった。

「む、無理ですよ、お姫様!」

 だがその叫びはすぐに御者から否定される。

 当然だ。

 彼らが乗る馬車の後ろには、侍従侍女たちの馬車や内外の司府長の馬車も列をなしているのだ。

 また、格式のある大きめの馬車が反転するには意外と大きなスペースが必要になる。

 道幅こそかなり広い通りではあるが、馬車の行く手を阻みはしないが見物に出てきた庶民であふれているのだ。

 こんな中でUターンすれば、大混乱が起きるに決まっている。

 サーっと血の気が下がる音が聞こえるような気がした。

「いたぞ、騎馬隊は両殿下を捕えろ!」

 そして数一〇〇m先の港からは、そんな声が届くのだった。

次の更新は金曜日を予定しております

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