408年越しの宴その3
「エルシィ様! 私どもからも年末ご挨拶を!」
「年内は大変お世話になりました」
そう言ってエルシィの玉座前まで進み出て来たのは、初老から中年までの三人男だ。
一番歳かさがシレリ商会の商会長。
貫禄はあるが微妙に人のよさそうな顔の男がチェレット商会の商会長。
そして一歩引いて頭を下げたままの中年がフルニエ商会の大番頭だ。
「これは各商会の皆様方。
こちらこそ何かと骨を折っていただきありがとうございます。
儲かってますか?」
エルシィはにこやかに彼らを迎えて言った。
最後の一言に、シレリ氏とチェレット氏は顔を見合わせて苦笑い交じりに肩をすくめる。
「いえいえ、我らは街道整備に出資をしておりますゆえ、まだまだ取り返すまで時が要りましょう。
であれば儲かっているなどとてもとても」
そう言うのは領内の木炭や薪などを扱うエネルギー業界最大手のシレリ商会長だ。
馬車の保有台数が領内最多である流通業界の巨人であるチェレット氏もそれに追従するように大きく頷く。
これを聞いてエルシィはフフフと笑う。
「儲かりまっか」「ぼちぼちでんな」は古典と言ってもいいほど定番のやり取りであり、それはこの世界においても変わりはないということをなんだかおもしろく感じたゆえだ。
だが挨拶だけで終わる気もないので少しだけ踏み込んで問いてみる。
「そうは言っても、中小多くの商会に恩を売るという、無形の利益は相応に上がっているのでは?」
この言葉には二人はポーカーフェイスながらに浮かべていた笑顔が数瞬ほど固まったのだった。
そう、シレリ商会、チェレット商会、共に領内最大手と言える大商会であり、今回エルシィが旗振りを行った街道整備事業に出資のお願いをした。
これはセルテ領政府が持つ財政には余る事業だったからだ。
街道の整備が進めば彼ら商人たちにも多大な恩恵が降り注ぐのは間違いない。
とはいえ、もちろん彼らもただ金を出すようなお人よしではない。
ゆえにエルシィは整備された街道中における、かなり自由度の高い商業権を彼らに限定的に与えることとしたのだ。
だが、いくら大商会とは言え、領内に広がる街道網沿いすべてで商売するなど現実的ではない。
であれば、と、彼らは多くの中小商会に渡りをつけ、彼らを下請けとして使ったり、場合によっては街道整備を司る担当官に渡りをつけて直接出資させたりした。
この顔つなぎで生まれる貸し借りは、商売において大きな財産になることは間違いない。
「侯爵閣下にはかないませんな」
チェレット氏は引きつった笑いを浮かべつつ、やっとこさでそう返した。
「ああ、チェレットさん。秋ごろにまた大きな商いをお願いするかもしれませんので、馬車をある程度空けておいてもらえますか?」
「はい? ええ、いかほどでしょうね?」
「まぁ詳しい話はおいおい」
「はぁ……」
ともかく何か輸送のお仕事があるのだろう。
秋と言うと農作物だろうか。
思い出したように言い出したエルシィに、チェレット氏はなんだかあいまいな表情で頷いた。
「それはそうと、エルシィ様におかれましては黒水を活用する事業を始めたとか」
と、口をはさんできたのはシレリ商会長だ。
さすがに耳が早い、とエルシィは舌を巻きつつ笑顔を崩さぬよう頷いた。
黒水。つまりはヴィーク男爵国で湧き出している石油のことだ。
あのサンプルをエルシィにもたらしたのは、元はと言えばこのシレリ商会なので知っていても不思議はない。
「まだまだ試験段階です。
実用化のめどが立てば、またお声がけすることもありましょう」
「くれぐれも頼みますぞ」
念を押されエルシィは押され気味で了承した。
さて、もう一人がこの二人とは明らかに格落ちな立場の人間だ。
元大手小麦商であるフルニエ商会の番頭さんだ。
彼は自分の立場が二人より下なのを解っているので、あいさつの言葉以外では一歩引いて頭を下げたままである。
エルシィはそんな番頭氏にも声をかける。
「フルニエ商会にもお世話になっておりますね。
来る新年もどうぞよろしくお願いします」
「はは、勿体なきお言葉」
「それで、商会長さんはどうされたのです?
お風邪でもひかれましたか?」
「いえ、ご心配をおかけしまして恐縮なのですが、本人はいたって健康かと。
ただ、今現在、ここ領都におりませんで」
「あらまぁ」
フルニエ商会は先にも述べた通り、つい先日まで小麦取り扱いにおいて領内最大手だった商会である。
ただセルテ政府が流通と価格の安定を図る目的で、小麦の取り扱いを一手に引き受けることになったために、今は商会を縮小している最中であった。
ちなみに元商会員の多くは、現在セルテ政府に召し抱えられて引き続き小麦を取り扱っていたりする。
その商会長がこの年末に領都を留守にしているというので、エルシィは不思議そうに首を傾げた。
「それはまた。どちらへ?」
「南東へ。まずはグラキナ子爵国へ入り、そこからさらに東方へ向かうつもりと聞いております」
「なるほど、香辛料ですね?」
「そうです、香辛料です」
二人はそう言い合い、ニヤリと笑みを浮かべた。
小麦商をやめたフルニエ商会が規模を縮小して何をするかと言えば、色々あって香辛料を取り扱うことに決めたのだ。
その為に香辛料の多くを栽培製造している国を見に、商会長自ら旅立ったというのだからフットワークの軽いこと。
「で、あるならばわたくしとしましても座して待っているわけにもいきませんね。
……カエデさん」
呟き、エルシィは自分の側近の一人の名を呼ぶ。
アントール忍衆の一人であり、またエルシィの侍女見習いでもあるねこ耳少女のカエデのことだ。
現在、パーティー会場で給仕隊に混ざって働いていたカエデは、この声を聞いて直ちにはせ参じる。
「はいにゃ。エルシィ様!」
「すぐアオハダさんに連絡して、忍衆の一人にフルニエさんを追わせてください」
この様子に大番頭氏が慌てて割って入る。
「エ、エルシィ様!?
我らエルシィ様に仇なすような商売をするつもりは毛頭ございません。
そんな監視など……」
が、エルシィはにこやかに首を振って答えた。
「もちろんわかっておりますとも。
追わせる手の者はフルニエさんの護衛とお手伝いです。
香辛料はわたくしの欲しいものリスト上位を占める品々ですからね。
わたくしも一枚かませてもらいます」
フンスと鼻息荒くなるエルシィに、番頭氏は「は、はぁ」とあいまいに返事をして頷くしかなかった。
続きは来週の火曜に