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407年越しの宴その2

「ああ、あなたがユスティーナのお父様。

 あの前ハイラス伯から『不謹慎な歌を広めた罪によって』指名手配されたという」

 エルシィがそう言うと、クラウテルは纏っていた高貴そうな雰囲気を一瞬にして脱ぎ捨てて顔を上げた。

「たはは、これは敵いませんな。そんな事情までご存じなのですねぇ」


 この変わりように控えているキャリナやヘイナルは眉をしかめたり驚いたりしているが、さすがのエルシィは顔色も変えない。

 丈二時代に顔を突き合わせていた商売人たちの豹変ぶりなどこんなものではない。

「ええ、大事な仲間の家族のことですもの」

 ゆえに、エルシィはにこやかな表情を浮かべたままにそう言った。


「仲間……うちの娘を仲間とおっしゃっていただけるとは。

 これは光栄の至りですな」

 そしてクラウテルもまたそんなエルシィの態度に「こりゃ子供だと思って相手してると飲まれそうだ」と気を引き締め、改めて頭を下げた。


 この様子にユスティーナは始終恥ずかしそうにしている。

「もうお父ちゃん……偉いお方に合う時くらい、ちょっとちゃんとして……」

「すまんな娘。お父ちゃん、真面目な顔が長く持たないんだよ」

「面白いお父様ですね、ユスティーナ」

「あ、はい。スイマセン……」


「ハイラスから旅立って、しばらく放浪してたと聞きましたが?」

 ひとしきり軽い挨拶の言葉を交わして落ち着いたところでエルシィがそう訊く。

 このクラウテル氏、前ハイラス伯から指名手配されてからいち早く国外に逃亡し、しばらくは追っ手を撒くため近隣諸国を転々していたらしい。

 できればこの機会にその辺りの様子など聞いておきたいと思ったのだ。


 クラウテルもそんな理由をくみ取ってか、少しだけ真面目な顔になる。

「ええ、最初はセルテ侯国にも来ましたが、本格的に雪が降る前と思ってデーン、バルカ、オスト辺りを少々」

 どれもここセルテ領から東に位置する男爵国だ。

 デーン男爵国は以前、エルシィがセルテ候に就任したばかりの頃にちょっかい掛けて来た北東のあの国である。

 徐々に冬も進んできた今頃はもう港も凍り始め国土も雪に閉ざされつつあるだろう。


「それぞれの国の様子など、今度ゆっくり聞きたいものです」

「お招きいただければいつでもお話いたしましょう。

 それこそ吟遊詩人の勤めにございますれば……。

 ただ、まぁ語るほどのこともなく、どこも辛気臭い雰囲気でしたがね」

 途中まで慇懃に応えつつ、最後は肩をすくめてそう締めくくった。


 そうしてしばしの会話を経て、ユスティーナに引っ張られたクラウテルはエルシィの前を辞した。

 エルシィに挨拶したい人が他にも順番を待っているからだ。


 去っていく親娘をしばし眺めていると、その親子へささっと近づく者がいた。

 山の妖精族(クーシー)の子、いぬ耳少年レオである。

 レオはそろりとクラウテルの後ろから近づくと、彼の尻に自分の尻をぶつける。

 ヒップアタックの要領だ。


「あ、痛い! お、レオ坊じゃねーか。なんだやるか? 尻相撲!」

「わふぅ! 尻相撲やる!」

「お父ちゃんやめてこんなところで!」

 そうしてわちゃわちゃ始めた三人を、周りのパーティー参加者は眉を顰めたりしながら間を取った。

 エルシィはほほえまし気にその様子を見ながら、面白いおっさんらしいけど、子供の教育にはあまりよくないタイプかな。と思った。

 まぁ、子供は少々下品な方が面白がるものだ。

 う〇こち〇こ言い出さないだけマシか、と思うことにした。



 と、今度はまた別の者がエルシィと言葉を交わそうとノシノシとやってきた。

 三十路を回ったばかりといった感じの身体の大きな洒落者風の男。元将軍の一人である路司長マケーレだ。

「閣下! 侯爵閣下! 新年あけましておめでとうございます!」

「はい、おめでとうございます。

 でもまだあけるまでは数時間ありますよ?」

 そう、まだ年末大晦日の夜である。

「はっはっは、そうでしたね。まぁ細かいことは良いでしょう」

 などと笑いだす。


 そこへ彼より二回りほど年かさの紳士が小走りにやってきて、マケーレの後頭部を拳で強打した。

 その紳士の横ではまだ二十代くらいの淑女もまた小走りについてきている。

「侯爵様の御前で何をしておるか!

 だいたいご挨拶する時は声をかけろと言ったであろう!?」

「そうですわお兄様!」

「痛いぞオヤジィ!」


 息子の抗議を無視して、紳士と淑女はエルシィの前に跪く。

「御前にて大変な失礼を。改めてご挨拶させていただきます。

 マケーレの父、オノーレにございます。

 此度は我が愚息をお引き立ていただき、感謝の言葉もございません」

「初めまして侯爵閣下。マケーレの妹、クラレでございます。

 バカ兄様の補佐は私めにお任せください。

 街道整備の大業、一族を上げて必ず成し遂げて御覧に入れましょう」


 ダマナン家父子の様子に一瞬あっけに取られていたエルシィだったが、すぐに気を取り直してプッと噴出した。

 道路族と名高いダマナン家のことは人づてに聞いてはいたが、まさかこんな愉快なでこぼこ親子だったとは。


「ええ、期待しております。

 それで工事の方はどうですか?」

「おう。順調すぎるほど順調さ。予定より少し進みすぎてるくらいだ」

「バカ者! 侯爵閣下に向かってなんて口の利き方だ。もう少し控えろ」

 父オノーレは息子に拳骨を落としてからまたエルシィに深々と頭を下げた。

「申し訳ございませんエルシィ様。私の教育の不徳でございます」

「やーい殴られてやんの」

「うるさいぞ妹」


 エルシィなどはそんな父子らの様子をほほえまし気に見るばかりだが、キャリナや、特に護衛としているヘイナルなどはマケーレ辺りがいつ粗相するか気が気でなかった。

 ゆえに、エルシィ脇で唯一許されている腰の短剣の鯉口を、いつでも抜けるように確かめている。


 それにいち早く気付いた妹クラレは、ハッとして今更ながらに淑女らしく取り繕いつつスカートを両端で軽く摘まみ上げながら畏まった。

「何だ急に……」

 妹の様子を怪訝そうに見て、マケーレもまたヘイナルの剣に気づいてハッとした。

 ハッとし、無言で右手を胸に当てて畏まる。


 父オノーレは不肖の子供たちに頭痛を覚えたようにこめかみを抑えつつ、改めて深々と頭を下げた。

「場をお騒がせして申し訳ございません。

 工事の様子などはまた改めてご報告させていただきます」

「……元気な兄妹で」

「いやお恥ずかしい限りで」


 そうして嵐の様な道路族一家はエルシィの御前を辞していった。

 去りながらも兄妹はさりげなく小突きあっているので「大変仲の良い兄妹だな」とエルシィは思った。

続きは金曜に

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