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405床屋談義その3

「まずは侯爵様に感謝だ」

 食料品店を営む中年男は感慨深げに腕を組んで深く頷きながらそう言った。

 床屋はねこ耳男の髪をチョキチョキしながら首をかしげる。

「小麦商を通さないって言うのはそんなに違うもんかい?」


「そうだな……」

 中年男は斜め上の虚空を仰ぎながら自らの顎を撫でる。

「お前も小麦を買うことあるだろうから安くなったのは分かるだろ?」

「いや、その辺はカミさんに任せてるからな。

 とは言え、カミさんも『安くなって助かる』って言ってた」

「そう、そうなんだよ。まず第一に安くなったんだよ」


 侯爵閣下であるエルシィの方針により、セルテ領での小麦取引は商人から領政府の手に移行された。

 これによって起こるのは、まず価格の安定化だ。

 中間業者が減ったことによる市販価格の下落、というのもあるが、それ以上に政府が赤字覚悟で放出しているためというのが大きい。


「へぇ、侯爵様ってのは偉いもんだね」

「そりゃ偉いにゃ」

 床屋のあまりの言いぶりに、髪を切られていたねこ耳男もつい苦笑いを浮かべた。

 そう、セルテ候と言えば、この一帯の広大なセルテ領を治める責任者なのだから偉いには違いない。


「でもなんで侯爵様は赤字になってでも、なんていう覚悟で売ってくれるんだい。

 いやそりゃ、俺たち民衆は助かるけど、普通は儲けがないと困るだろう」

「そりゃそうだ。俺もお前も商人だからな。儲けが無きゃ食っていけねぇ。

 その辺が侯爵様の偉いところってことなんだろう」

 中年男はさも良いことを言ったという風に大仰に何度も頷いた。


 まぁ、実際には赤字の補填は税金からなされるので、政府が全面的に損を被るということにはならない。

 が、民間の小商人である彼らは、行政のそうした仕組みにまで思いが回らなかった。

 とは言え、トータルで計算しても圧倒的に安くなっているのだから、知ったとしても文句はないだろう。


「それに今年はきっと豊作だって知り合いの農家から聞いたから、秋にはまた安くなるかもしれんぞ?」

「ここ数年はずっと不作で値上がりばっかりだったから助かるねぇ。

 でも農家にはそんなことがわかるのかい?」

「なんでも近年まれにみるほど土の状態がいいらしい」

「土が……ね。そりゃ俺たちにゃわからんな」


「ついでに言えば侯爵様の方針で増産支持も出ているにゃ」

「増産? そんなことできるのかい」

「詳しくは知らにゃいけど、出来るらしいにゃ。

 隣の国から偉い学者様が来て指導してるらしいにゃ」

「偉い人のところには偉い人が集まるんだなぁ。まるで健国王じゃないか」

「健国王ってのはなんだい?」

「知らないのかい? 大昔にレビア王国を建国した王様のことさ。

 旗下には綺羅星のごとき武官文官が集まったというじゃないか」

「ああ、なんか小さいころそんなおとぎ話聞いたな」

「一応史実だよ」


「さ、これで出来上がりだ」

 再び床屋がカットクロスを払うと、さっぱりしたねこ耳男は背伸びしながら立ち上がった。

「ありがとにゃ。これで足りるかにゃ?」

「毎度! ……さて客もこれでいなくなったし、少し茶でも飲んでいくかい?」

「そうだな頂こうか」

「馳走になるにゃ」

 そうして三人はハーブ茶と共に、店舗の端にあった丸テーブルに着いた。


「それにしても、よく小麦商人たちがおとなしく従ったな?」

 自分の淹れたハーブ茶をすすりながら床屋が言う。

 もし自分が「散髪は国の役人が全部やるから今日からお前は廃業だ」なんて言われたらどうするだろうか。などと想像してみた。

 そうなったらもう首を括るしかないかもしれない。


「それがな、おとなしくは従わなかったんだよ」

「というと?」

 中年男が周囲をはばかるかのように言うから、ただ事じゃないと悟って床屋もまた声を潜める。

 ねこ耳男は涼しい顔でハーブ茶をすする。

 頬が引きつっているようにも見えなくもない。


「噂だがな。いくつかの小麦商会が結託して暗殺者を雇ったらしい」

「暗殺者!? するってーと、ターゲットはもちろん……」

「ああ、侯爵様だ」

「ひえぇ、そいつは大それたことを……それで?」

 恐ろしいことを聞いた、という風で床屋は生唾を飲む。

 中年男も興に乗ってか怪談でも語るようなオドロオドロしい顔で自分の手刀をそっと首元に当てて舌を出した。


「こ、侯爵様、殺されちまったのかい?」

「バカ、逆だ。侯爵様が殺されてたらもっと大騒ぎになってる。

 やられたのは雇った方の商人たちさ」

「そういやちょっと前にいくつかの商家が警士に囲まれて潰されてたな。

 アレか!」

「そう、アレだよ。

 まぁ悪いことしたら自分に返ってくるって言うのは、やっぱりあるんだよな」

「そうだな。俺たちゃまっとうに商売していこうな」

「それな」


「そこ行くとフルニエ商会は賢かったな」

「フルニエ……っていうと小麦商の最大手だったか。

 フルニエ商会は潰されなかったのかい?」

「それがな、いち早く侯爵様側に協力を申し出て、自らは商売替えをしたのさ」

「さすが大きくなるとやることが違うねぇ。

 それにしたって商売替えなんて勇気があるな」

「だな」


 一番最初に潰されかかったのはそのフルニエ商会だということを聞かされているねこ耳男は、そのまま黙ってハーブ茶をすすった。

あと1回くらいで床屋談義終わる予定

続きは来週火曜に

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