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404床屋談義その2

 引き続きセルテ領都のとある床屋。

 床屋の店主は手にしていたハサミを腰道具ベルトに差し収め、客の中年男に掛けたカットクロスを外して付いた髪をバッと払う。

「出来上がり。はい、次はねこの旦那」

 ボサボサの髪も髭もすっかり整った中年の客だったが、散髪仕事ぶりには満足しつつもその表情はまだまだ不満のままだ。

 とは言え、次の客が待っているのだからと、中年男は渋々と席を空ける。


 空けつつ、口をとがらせて言う。

「おいおい、話の途中だろ。

 おまえさん、なんか懸念があるのだろう?」

 床屋はふぅとため息をついて手癖でハサミや髭剃りナイフを丁寧に拭き上げ、次に座った草原の妖精族(ケットシー)の男に目線を向ける。

「今日はどうしますね?」

「毛先を整えてほしいにゃ」

「ヒゲは?」

「ヒゲは無用にゃ」


 そうやり取りしてから、床屋の手はチョキチョキと仕事を再開した。

 ここまで来てやっと床屋はおずおずとその不安を漏らした。

「街の治安は変わらずか、むしろ良くなってる。

 ってことはつまり、兵隊はどっから減らしたんだい?」

「どっからってそりゃ……将軍の数も減らしたって聞くし、国境の砦だろう」

「そうさ。国境の砦だ。

 で、国境の砦って言うのは何をするところだ?」

「なにって……なんだいお前さんは、回りくどい言い方するなぁ」

「悪い悪い。つまり、国境砦の兵隊が減ったってことはだな、外国が攻めて来た時に守ることができないってことだろう」


 この言葉を聞いて中年男は一瞬怪訝そうに眉をしかめた。

 それから「ああ」と手を打って納得した。

「そうか。そういや国境砦ってのは本来、その為のモノだったな」

「なんだと思ってたんだい」

「なんだってそりゃ、外国へ行き来する時の税関だろ」


 まぁ、街に住む者の意識はたいていこんなものだ。

「そもそも外国が攻めてくるって言ったって、そんなのひぃひぃ爺さんくらいまで遡った頃の話だろう」

 そう。実際、セルテという国が攻められたのは、中年男の感覚でははるか昔のことであった。


 これには床屋店主も呆れたように手を止めてしまった。

 聞いていたねこ耳男もついくすくすと笑う。

「旦那旦那。つい最近もこの国は戦争してたにゃ。

 まぁ兵隊集めて攻めたのはセルテ側だったけどにゃ」


 ねこ耳男の言葉にキョトンとした中年男だったが、しばし首をひねってからやっと合点がいった。

 そういえば、今この土地を治める侯爵様はつい半年前とは違う人物であり、なぜそうなったかと言えば前の侯爵様が外国を攻めて逆襲を食らい、その末に禅譲をしたという話を思い出したからだ。


「そういやそうだったな。

 だが俺はこの街に軍隊が押し寄せたところなんて見てねぇぞ?」

「それは俺も見てない。だが、聞いた話じゃ今の侯爵様……つまりあの小さい姫さんが兵隊率いてお城に攻め入ったっていうし、間違いないだろ」

「誰から聞いたんだ?」

「街に出れば吟遊詩人が歌ってら。あと、広場の舞台じゃ毎日劇もやってる」

「……街もずいぶんとにぎやかになったんだなぁ」

 中年男が街を出る前もその傾向はあったが、どうやらこの一、二か月でずいぶんとその流れも加速したらしい。


「で、国防の話か」

「それな」


 一息ついたところで、床屋の不安話に二人は真剣な顔でうなだれる。

 が、今、散髪されているねこ耳男は平然とした顔で言い放った。

「なに心配ないにゃ。二人も知ってる姫様は今のところ戦争で負け無し。

 それどころか不利をひっくり返しての勝利もあるって話にゃ。

 何かお考えがあるに違いないにゃ」


「考え、か。まぁ俺ら街場の庶民にはわからねぇな」

「お前さん、なかなか事情通っぽいな。なんかわかるかい?」

 二人はねこ耳男の言葉にえらく感心して頷き、それからさらに言葉を引っ張り出そうと促した。

 ねこ耳男は手を止めてしまった床屋の店主に仕事を進めるよう言ってから答える。


「姫様のお考えには及ばないにゃん、街道整備も戦略の一環じゃないかと思うにゃ」

「ほう。商売が便利になるだけじゃねぇのかい」

 中年男は商人である。

 ゆえに整備された街道を見て「近隣の農村からの分物が入りやすくなるな」と真っ先に考えていた。

 そこへ来て別の価値観が入ってきたからこその感心だった。


「道路が整備されれば兵隊の行軍速度も格段に上がるにゃ。

 もし国境砦が攻められたら、中央から行く援軍を待って防御に徹していればいいだけにゃ」

「だがそんなにうまくいくか?」

「セルテ侯国がハイラス領を攻めた時も、姫様の配下が街道の砦で何倍かの兵隊を押しとどめたっていうにゃ。

 姫様に任せておけば安心にゃ」


「なるほどなぁ。さすが鉄血姫なんて呼ばれるだけあって、戦上手なんだな」

「なんだい鉄血姫って」

「知らないのかい?

 あの幼姫の身体には血じゃなくてドロドロに溶けた熱い鉄が流れてる。なんて噂されてんのさ。

 だから鉄血姫」

「いや死ぬだろ普通」

「バカ、モノの例えだ」


「噂では怖い人だって言われてるけど、姫様は優しいお方にゃ」

「おや、ねこの旦那は会ったことでもあるのかい?」

 ねこ耳男はつい口をついて出てしまった言葉にハッとして気まずそうに目を逸らす。

 訊ねた床屋の店主も何か事情があるのだろうと察してそれ以上はやめた。


 そして店主は話を逸らすついでに、その姫様の行ったことについても言及することにした。

「そういやその侯爵姫様、小麦の取引を国でやるって言うじゃない。

 食品店の主人としてなんかないかい?」

「おお、そこは俺の専門分野だな」

 中年男は「自分の出番だ」とでも言いたげに胸を張って笑った。

続きは金曜に

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