402豊作貧乏
「まてよ。腐らずに残ったキャベツ、と言ったな?」
「え? ああそだな」
越冬キャベツの話に一時納得したリクハド博士だったが、すぐに村の若者の言葉に引っかかって問い返した。
「越冬キャベツとやらの成功率はどれくらいなのだ?」
「成功率……難しい言葉を使うな。学者様みたいだ」
「学者だがの……いいから、いかほどなのだ?」
若者は少し考えてからなんてことない顔で答える。
「一〇から二〇個に一個くらいだな」
その答えを聞いて、リクハドだけじゃなく、他の側近たちも眉をしかめた。
「それは貴重ですね。しかし豊作の時だけしか作れず、出来上がるのがその数では売るほどではないのでは?」
そんな中、皆の懸念を口にしたのはマルカジェリ課長である。
「そりゃそうだな。
出荷するにしたってそんなに長持ちするもんじゃないし、たいていは村の中だけで食べておしまいだ」
そう、現状で村の若者が語る越冬キャベツは、あくまでホンの偶に村人たちの春の楽しみになる。その程度の存在でしかない。
それでも作らせるのか? という一種呆れにも近い視線がエルシィに集まった。
だがエルシィはどこ吹く風で考え込む。
「ふむー、今は適当にやっているでしょうから、成功率上げる研究してもらえば数は増やせるでしょう。
あとは穴あきマルチを使えばもう少成功率も上がると思うのですけど」
「まるち、とは?」
「はわ?」
アベルから少し強めの問いが発せられたことで、エルシィはやっと皆の視線に気づいた。
「ええとですね……マルチというのは黒いビニールのシートで……ビニール無いね。
石油から作れるんだっけ? どうやって作るんだっけ?」
農業においてマルチと言えば、それはマルチシートのことである。
エルシィが言う通り黒い長細シートで、主に作物の保護などに使う。
これを使うことで土壌の流出や雑草を抑制したり、また作物がかかる病気対策にもなる。
ただ、これもまたエルシィが言うように主にビニール製なのだ。
「びにーる、が何か知らないが、作れないモノはどうしようもないだろ」
「ですよねー……いや待って、確か紙製のマルチっていうのも聞いたことあるような。
紙でいいなら麦藁などで代用することも出来たりしないかな」
呆れ気味に肩をすくめるアベルに、苦笑いで返しつつ、また新たな思い付きにふけるエルシィだった。
アベルを含め、側近衆は互いに呆れを含んだ笑いをこぼしつつ顔を見合わせた。
「ともかくです」
と、思考に片が付いたのか、エルシィがパッと顔を上げる。
「毎年一定量のキャベツを買い上げますので、それで越冬キャベツの研究をしてもらいましょう。
今回の飢饉対策とはあまり関係ありませんが、特産品づくりとして無駄にはならないはずです」
そう言うことになった。
「ところで、疑問があるのですが」
と、話がエルシィたちの中だけでまとまったところでキャリナがおずおずと手を小さく上げる。
「なんでしょう?」
エルシィがすぐ小首をかしげて問い返すが、キャリナは申し訳なさそうに首を振ってから、農村の若者に顔を向ける。
つまり彼女の疑問はエルシィの提唱する特産品作りに関したモノではなく、現状行われている農業についてなのだろう。
「先ほど『豊作時に余るキャベツ』とおっしゃってましたが、なぜ余らせ、なおかつワザと腐らせるかのように放置するのですか?
たくさんあるならたくさん出荷すれば、たくさん売れて万々歳なのでは?」
「ああ、それは私も思った。
豊作ならその分、村も潤うのではないか?」
キャリナに同調して頷いたのはヘイナルだった。
この辺り、街で生まれて街で育った彼らからすると、不思議でしょうがない話だったのだろう。
「んだな。オレも昔そう思ってた」
それについて、村の若者も感慨深げに腕を組んで深く頷いた。
「オレも子供の頃そう思ってな、ある時『どうせ腐らせるなら小遣いにでもしてやろう』と思って村の馬車を盗んで街に売りに行っただよ」
「ほほう、それで、儲かったのか?」
楽しそうな顔で合いの手を入れるように言葉をはさむリクハド博士。
だがこれにはさらにマルカジェリ課長が首を振り一言重ねて挟んだ。
「いや、儲からないでしょう。それどころか……」
若者もマルカジェリの言に乗るように大きく頷いた。
「んだな。豊作ですでにたくさん出荷した後だったから、街でもキャベツは山になってたよ。
そんな中にまたキャベツ積んだ馬車が行ったって誰も見向きもしない。
何とか売り払ったけど二束三文にしかならなくて、結局路銀で消えた。
あんなことなら越冬キャベツを期待して畑に残した方が良かったって思ったよ。
腐ったキャベツも上手く使えば肥料になるしな」
「需要と供給と言うやつですね。
豊作貧乏なんて言葉もありますし」
「豊作貧乏か、上手いこと言う」
エルシィが解った風にうんうんと頷くと、若者も同調してうんうんと頷いた。
「っていうか、腐ったキャベツが肥料になるのですか!?」
そこへキャリナがまた驚きの声を上げた。
若者は何も知らない街人を少しほほえまし気にしながら頷く。
「そのまんまじゃダメだ。
だけど村に一人はそういうのに詳しい奴がいるからな。
そいつに加工させれば肥料になる」
腐った有機物はそれだけだと細菌などが繁殖するだけでむしろ毒である。
が、発酵が進み、その細菌が成分を分解していけば、それはやがて肥料として使えるようになる。
村にいる詳しい人というのは、そうした経験則の知識を代々継承している者らしい。
「なるほどなぁ。農村には我々の知らない知恵があるのだなぁ」
「そうだな。勉強になっただろう」
ヘイナルとアベルが感心しながら大きく頷くと、なぜかリクハド博士が偉そうにそう嘯いた。
続きは金曜日に