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401越冬キャベツ

「だいたいの方針は決まったのう。

 まぁ春からはひとまず今まで通りで、あとは次の秋に向けて種が手に入るかどうかで判断すればよかろう」

 リクハド博士の言う通り、そういうことになりそうだ。


 と、そこでまたエルシィは思いついて手を叩いた。

「あ、葉物でもいいならあれもやりましょう」

「……何かまた思いついたか?」

「越冬キャベツ」

「キャベツ、でしたか……」

 農業に詳しくないがため、キャリナは平たんな表情のまま流すようにそう返す。


 が、ある程度解る者は聞き逃すことができない。

 そう、リクハド博士だ。

「待て待て、キャベツだと?

 確かにあれは発酵させて冬に食べるが、かといって冬に育つものではあるまい」

 博士が言うのはセルテ領の東部、またはその隣国に当たるバルカ男爵国辺りで伝統的に作られる塩漬けキャベツのことだ。


「ああ、あれか……」

 言われて思い当たったのはエルシィの護衛頭である近衛ヘイナルだ。

 彼は過去に参加した行軍訓練の際に、保存食として食べたことがあった。

 エルシィとマルカジェリ課長以外の者はピンとこなかったようで、そのヘイナルに視線を向ける。


「どんな味なんだ?」

 アベルは興味深げにそう問うが、言われて味まで克明に思い出したらしいヘイナルが盛大に顔をしかめたので察して肩をすくめる。

 どうやらそれほど美味しいモノでもないらしい。


「ふむー、ヘイナルの好みではありませんか。

 まぁお粗末な出来のモノもありますからあながち否定も出来ませんが、極上の塩漬けキャベツはなかなかオツですよ?」

 そんな家臣らの様子に苦笑いを浮かべながらエルシィはそう言うが、聞いたヘイナルはそれでも引きつった顔で答えた。

「そ、そうですか。では次の機会があればチャレンジしたいと思います」

「……無理はしないでいいです」

 あまりの表情に、エルシィもあまりお勧めしないことにした。


「それで塩漬けキャベツですか?

 それは冬に育てられるのですか?」

 未だ平坦な表情のままにキャリナが話を進めるように問う。

 表情が変わらないのは、食べたことがないゆえにエルシィ、ヘイナルどちらの言い分が正しいのかわからず、結果として全く未知のモノとして脳が処理した結果である。

 この問いにすぐさま言を返したのはリクハド博士だ。

「さっきも言ったが、普通、キャベツは晩春か初夏に種まきをして晩秋に収穫するモノだ」

「では越冬キャベツとは?」

 博士からは至極真っ当な回答が返ってきたが、では主君の言ったものは何だったのか。

 そこかが結局判らないのである。


 リクハドは困惑顔をしてからハッとする。

「……いや待てよ?

 ほうれん草の知られざる生態を知っておった侯爵閣下のことじゃから、我々が無知なだけかもしれん。

 とすると越冬キャベツなる種ならば、雪が被る農地でも育つのだな?」

 いくつかの論を経て、リクハド博士はキランと目を輝かせた。

 長年様々な知識を追い求めてきたが、老境に至って初めて知る知識がこれほど多いとは。

 彼の心は寒空の下でギラギラと沸き立った。


「いえ、育ちませんけど?」

 だが当然と言わんばかりのエルシィの回答に、一同ストンと膝から崩れ落ちた。


 そういうことをしていると、畑の向こうから一人の若い男を連れたレオと犬たちが戻ってきた。

「わふぅ! 連れて来た!」

 と、エルシィたちの眼前でピタリと足を止めたレオが言う。

 周りの犬たち同様に「褒めて褒めて」と言わんばかりの態である。


 そんな彼らに引っ張られるようにして息を切らしていた若い男は、やっと止まったことで膝に手をついてぜーぜーと息を整える。

 そしていくらか言葉を発せるようになったところでエルシィたちを見て困惑した。

「ええと、どちらかの商家さんで?

 こんな季節に来られても売れるものはありませんが……」


 エルシィたちの身なりから、近隣の農村の者でないのは丸わかりだが、かといって彼に思い当たる裕福そうな連中と言えば大きな商会の者くらいしかない。

 とは言え、すべての収穫も終わり納税などの季節が終わってからすでに二か月は経っている。

 こんな時期に商家の者が子供連れでいったい何の用なのか。

 彼の頭はわからないことだらけでいっぱいだった。


「レオ、何でこの人を連れて来たんだ?」

「わふ?」

 アベルが端的にそう問うが、当のレオは何を問われたのかわからない風で首を傾げた。

 周りの犬たちがそんなレオに向かってわふわふ言うと、レオもやっとピンときたようで大きく頷いた。

「さっきみたいにエルシィ様からお話があると思って!」

 レオの頭にあったのは南部農地での光景だったようだ。

 アベルはなるほどと納得して、労うようにレオの頭を撫でた。


 その後はエルシィがこの地を治める侯爵であることを明かし、驚かれた後に平伏されたりといつも通りのやり取りを経て、ようやく会話ができる。

 若い男の名はボランと言い、この近くの農村に住む農夫の一人だった。

 レオが無作為に最初に見かけた第一農夫を連れて来ただけなので、別段代表でも何でもない。


 そのボランに、あいさつなど以外で最初に尋ねたのはリクハド博士だった。

「ボランとやら。越冬キャベツというモノを知っておるか?」

「越冬キャベツ……ああ、あれ、ですか。よく知ってますね」

 さっきエルシィからの返事が要領を得なかったのであきらめ気味の質問だったが、この回答にリクハド博士の心は再燃する。

「なんと、やはり存在するのか越冬キャベツ!」


「して、どういうモノなのだ?」

「いや、そんな大げさなもんじゃねーですよ」

 苦笑い気味に農夫ボランは答える。

「秋に収穫したキャベツはそのまま出荷するモノと、塩漬けにするもので分けられる。

 だけど豊作で余る時なんかは、根切りだけして畑に残すことがあるんだ。

 そうすると冬になって雪をかぶって、そのまま春になったころ、腐らず残ったキャベツが不思議と甘くなったりするんだな。

 たぶんそれのことで……ねーですかね?」


 これを聞いて正解かどうか確認するようにリクハド博士がエルシィの方を向く。

 エルシィはにんまりして両腕を上げて大きな丸を作った。

続きは来週の火曜に

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