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400雪の大地で育つモノ

 一行は中部農地の視察をそこそこに北部へと飛んだ。

「さむい!」

 拡大した虚空モニターをくぐって出た途端、そよそよと吹く寒風にエルシィは身を縮めた。

 見れば今期の耕作を終えた大地にはうっすらと雪が積もって見える。


「さすがに南部から北部まで短時間で移動すると、この気温差が身にしみますね……」

 いいつつ、キャリナはすぐに自分の仕事をなすべく手荷物から小ぶりのマントを取り出し、エルシィの肩から掛けた。

「ありがとうございます」

「大したものではありませんが、短時間なら何とかなるでしょう」


 寒い、とはいえ先日訪れたヴィーク男爵国ほどではないし、カルダル男爵国との国境砦ほどではない。

 雪はあっても雪だるまを作れるほどではない。

 それがここ、北部農地の気候だった。


「確かこの辺りでしたら、年明けから春にかけてもう少し雪が降るはずです。

 そうなれば景色ももっと白くなるでしょうね」

 早速ぴゅーと駆け出したレオと犬たちを見送りながらそう言ったのは、同行しているマルカジェリ農村整理課長だ。

 彼はその役職通り、各地の農地についてエルシィたちよりは状況をよく把握しているようだ。


「そこだな」

 と、マルカジェリの言葉を聞いて難しい顔をするのはリクハド博士である。

「そういえばさっきも『北部は難しい』とおっしゃってましたね?」

「そうなのだ」

 中部を出る前の博士の呟きを思い出し、ヘイナルが彼に顔を向ける。

 ヘイナルの顔には「いったい何が難しいのだろう」という疑問が張り付いていた。


「む、考えればわかりそうなものであるが……」

 言って、リクハド老は各々の顔を見回す。

 エルシィ以外のどの顔も、リクハド老がもたらす回答を待つばかり、と言う態であった。


「かー、皆もっと頭を使わんか。

 若いうちに考える癖をつけぬと、爺になって苦労するぞ」

 そうは言うが、彼は若いころから学問一辺倒で頭を使ってきた口である。

 もう老境ではあるがあまり困った風ではないゆえ、どの顔もピンと来ていないようだった。


「そう言うのはいいから爺さん、答えを教えてくれ」

「まったく、嘆かわしいのう……」

 ついにはアベルがそんなことを言うモノだから、リクハド老は頭痛でも覚えたかのように軽く頭を振った。


「なに、簡単な話だ。

 いくら小麦が寒さに強いと言っても、さすがに雪が被る大地で育てることなどできんということだの」

「ああ、なるほど……」

 確かに、と皆が手を打ったり頷いたりと、思い思いのしぐさで納得の意を示す。


 実のところ、我々の住むこちらの世界ではそうでもない。

 雪の下で越冬し春に収穫できる小麦もあるのである。

 が、それは品種の改良が進んでいることや、また雪腐病などの病害を防ぐ農薬が発達していてこそ可能となる農業と言えるだろう。

 この世界では、まだ雪の大地で小麦を育てられる技術が存在しないのだ。


 と、そういうことをうんうんと思いつつ、エルシィはリクハド老に向き直る。

「何か、代用できる農作物はありませんか?」

 南部は小麦よりも気候に適した穀物として亜麦、つまり米があった。

 もちろんこちらの気候で米を育てるのは小麦以上に困難だろうが、他にも何か手があるはずだ。


 リクハド博士は「ふむ」と腕組でここにいる者たちを見回してから、もう一度エルシィの顔に視線を止めた。

「閣下には、何か思い当たるモノがあるのではないか?」

 ニヤリと口角を上げて問いかければ、エルシィもまた少し苦笑いを返した。


「無いわけではないんですけどね」

 答え、少し考える。

 なぜ躊躇しているかと言えば、理由は二つある。

 一つはそれが穀物でないこと。

 今、増産したいのは食料全般ではあるが、保存のことを考えると穀物が都合よい。

 そしてもう一つは、その作物の種が手に入るのかわからない。という点だった。


 とは言え、言わずに黙っていてもしょうがない。

 言えば近似の案も出るかもしれない。

 そういう決心をして口を開く。

「わたくしが思い当たるのは、カブ。それからほうれん草ですね」


「ああ、カブですか」

「カブなら私たちも知っていますね」

「というか食堂でもたまに食べるぞ」

 側近衆たちも口々に言って頷く。


 今日、我々の住むこちらの世界でカブはどこでも見られる一般的な根菜である。

 根菜ゆえに寒さにも強い。

 そしてカブには「霜に当たることで甘みが増す」と言うと特徴すらあるのだ。


 その特徴について言及すると、リクハド博士は少し驚いて感心した。

「ほほう、カブは我が故郷でも育てておったが、そんな特徴は知らなかったのう。

 なにせ冬は誰も彼も農業休むからなぁ」

 二期作二毛作が廃れてすでに長い年月が経っている。

 ゆえにそんな特徴は誰の記憶からも消え去っていたのだろう。


「そしてほうれん草。これも我が故郷ではよく見かけた野菜よ。

 良く知っておったな」

 感心されたエルシィだが、まぁ、この辺は上島丈二の知識である。

 ほうれん草もまた寒さに耐えて糖を蓄え美味しくなる野菜であり、極寒の雪下で育つ種もある。

 これはガルダル男爵国のみにあらず、グリペン半島やその先のヴィーク男爵国でよく見られる野菜だった。


「であれば種は手に入るだろう。

 まぁ、本来の目的を考えれば穀物が良いだろうが、無いよりはよい」

「人はパンのみにて生きるにあらずって言いますからね」

「誰の言葉です?」

「……昔の偉い人?」

続きは金曜に

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