397長老と村長
しばらくして長老の家に村長もやってきた。
まだ中年くらいの小太りな男だ。
とは言え、長年農作業に従事してきただけあり、筋肉と脂肪が織り交じった固太りと言ったところだろう。
村長はエルシィ一行を見ると、土間から上がらずに慌てて跪く。
「お初にお目にかかります。この村の長をしておる者でございます」
言葉は丁寧だが、貴族の様な雲の上の存在に会うなど初めてなのだろう。
肩と声はは小刻みに震え、顔いっぱいに冷や汗をかいている。
聞きたいことはたくさんある。
だが、彼の言葉、一挙手一投足でこの村の行方すら決められてしまうかもしれない。
エルシィのうわさを知っているわけではないが、彼ら民衆からすれば貴族とはそういうモノなのである。
この様子にキャリナやヘイナルなどは当然という風で受け止めているが、エルシィなどは内心あせあせしながら円座から立ち上がった。
「村長さん、そう固くならず。どうぞお立ちになってください」
「は、ははあ」
吐息なのか返事なのかわからないような声を発して、村長は恐る恐る立ち上がる。
立ち上がるが頭は下げたままであった。
しばらく埒が明かないやり取りをして、ようやく両者は席に着いた。
自然と上座にエルシィが座り、その周りにリクハド老や側近衆。そして下座に長老と村長が座った。
上座ばかりが人数多い頭でっかちな配置で、村長はまるで圧迫面接でも受けるかの如く、より一層冷や汗を増した。
と、席に着いたはいいが、エルシィのほど近いところに陣取った山の妖精族のレオは何やらムズムズとした様子で座りが悪い。
「レオくんレオくん。わたくしはしばらくここで難しいお話をしますので、退屈だったら外で遊んでいてもいいですよ?」
レオはぴくんと跳ね上がって顔を輝かせたが、すぐにキリっとした表情になる。
「わふ……お仕事で来てますから! 難しい話も、ちゃんと聞く」
まぁ、いかにも無理した風ではある。
そんな様子を皆で微笑ましそうに眺めた後に、エルシィはコホンと偉ぶるように咳をしてから告げた。
「ではレオ。あなたに任務を与えます。
わたくしがここで村長さんたちと話をしている間、わんこさんたちと一緒に村の警戒に当たってください」
「わふ!?」
「そしてアベル。彼らの監督をお願いします」
そうアベルに振り向きながら、アイコンタクトを送る。
アベルも承知したと頷いた。
つまり、任務にかこつけてレオたちをお散歩に連れて行ってください、ということである。
「よし行くぞレオ」
「わふ!」
そうして両者は連れだって長老の家を出、外で待っていた犬たちと合流して駆けて行くのだった。
さて、残った者たちで本題である。
「そう恐縮する必要はないです。今日のわたくしは皆さまにお願いをしにやってきたのです」
ここまでのやり取りも縮こまって見ていた村長に、エルシィはそう切り出した。
そこからは繰り返しになるので割愛するが、小麦の二期作について説明する。
「なるほど……しかしそのようなことが可能なのでしょうか」
村長からすれば一年間に二度、同じ畑で耕作するなど聞いたこともない話だった。
「いや村長まて。何百年か前にはそういう作付けをしていたと、そういう話を聞いたことがある」
だが長老はさすがに物知りだったようで村長を諫めた。
「つまり侯爵様はその大昔の農法を復活させて、小麦の生産量を増やしたいと……」
「はい、そうなります」
村長と長老はそろって腕を組んで考え込んだ。
大昔にやっていたことなら方法はあるはずである。
だが、すでにそれは失われているのだ。
果たしてうまくやれるだろうか。
そんな不安を読み取って、満を持してずいと身を乗り出したのがリクハド博士だ。
「その方らの不安はよくわかるぞ。
だが安心せい。このリクハドが一から千まで教えて進ぜよう」
「おお……?」
感心しつつも、なんだこの爺さん、くらいの視線を送る農村コンビであった。
一種不躾な視線ではあったが気にするリクハドではない。
そんなことを気にするほど繊細なら財を食いつぶしつつ長年学問に身をささげることなどできないのだ。
「そのためにまず、この村で育てている小麦を見せてもらおうか」
「はぁ、いいですが……」
途中から話を主導するのがリクハド老に代わったので、村長は困惑気味にエルシィを見る。
エルシィは無言のままに頷いて、村長の行動を促した。
「麦は村の保管小屋にありますので取って来ましょう」
「いや、皆で行きましょう。その方が早い」
と、そう言うことになった。
長老の家を出てぞろぞろと保管小屋へ向かう。
村の中では先ほど外に出たレオや犬たちが、村の子供たちと走り回っている様子が見て取れた。
先日行った雪と氷の北西部とはえらい違いである。
しばし歩き、村でもひときわ大きな建物が目に入ってくる。
「こちらが保管小屋です」
村長の案内でその薄暗い小屋に入れば、うずたかく積まれた麻袋が目に入ってきた。
脱穀だけした状態の麦粒が入った袋だ。
一袋に五〇キログラムくらいは入っているだろうか
村長は慣れた手つきで一袋を下ろして開け、その麦粒を手で掬って見せた。
「こちらが私どもの村……いえ、近辺の農村で育てている麦です」
その粒はエルシィが以前、領主城の倉庫で見た麦粒より少しばかり大きいように見えた。
「これはまぁ、見事な南部小麦じゃな」
「南部小麦、でしたか」
リクハド博士の言葉に頷きながら「南部は南部でも東北の南部地方じゃないよね」とエルシィは心でつぶやいた。
日本の東北には南部地方と呼ばれる地域があります
昔、その周辺を支配していた南部氏にちなんだ地名ですね
その地方で栽培している品種にズバリその名も「南部小麦」というのがあります
作中の南部小麦とは何の関係もございません
続きは来週の火曜に




