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396徴収ではなくむしろ儲け話

「皆さんにはやっていただきたいことがあって来ました」

 このままでは話もできないとエルシィが何度か言って、七人の若手農民たちはやっと顔を上げた。

 その上で、エルシィの言葉を聞いて皆が渋い顔をする。


 ジズ公国セルテ領となったこの土地ではあるが、彼らの意識ではいまだにセルテ侯国である。

 そのセルテ侯国からすれば、ここ南部に広がる農地とその周辺の村々は言わば辺境と言ってもいい。

 そんな辺境に侯爵様自ら足を運ぶなど、村の長老ならいざ知らず若い彼らの知る範囲では一切なかった。


 ではその非常の訪問が何のためか、と考えれば、思いつくのは厄介ごとでしかなかったのだ。

 例えばそう、戦争の為の徴収。または徴兵。


 徴兵などはそれこそ何百年か前の戦国時代まで遡る、言ってみれば伝説の範囲ですらある。

 が、彼らのように何十年も外部からの刺激がない生活を送っていれば、その伝説だって常識の範囲なのだ。


「あ、あの、侯爵様。我らの住む南部農地は広うございますが、それでも収穫量は中央に比べるべくもなく……、その、余っている小麦などいかほどもないのです」

「それでも広いですから、男手を取られては立ちいかなくなります。

 なにとぞ……」


 リーダー格とその脇にいた男がそうおずおずとした風で切り出した。

 つまり、徴収も徴兵もされると困る、と言っているのだ。


 これを聞いてエルシィ一行はぽかんとして顔を見合わせた。

 特にエルシィやキャリナは彼らが何を心配しているの全く解らない。

 とにかく何かが食い違っているということだけは理解できた。

「エルシィ様。彼らはひょっとして戦争があると勘違いしているのでは?」

 と、ヘイナルの囁くような進言でやっと合点がいった次第である。


 ため息交じりにアベルは彼らに向かって言い放つ。

「戦争じゃない。戦争はない! ……ないよな?」

 最後、なぜか尻つぼみになりつつエルシィを振り返った。

 これにはエルシィも苦笑いを浮かべつつ目を逸らした。

「無いと思います?

 っていうかこちらから仕掛けることはまずないですよ。

 そんなことしてる暇はありませんし。

 近隣諸国も……まぁ戦力を考えればそうそう吹っ掛けてこないでしょう」


 セルテ侯国の現在即応可能な戦力は一五〇〇である。

 元は三五〇〇はいたが、道路普請の為に路司を新設して二〇〇〇を出向させたが故の数字だ。

 が、数を減らしたとはいえ、この兵力は近隣諸小国のどの兵力よりも上なのである。


 まぁ、これを聞いたヘイナルやアベルは「そうだね、そうだといいね」という顔をしつつも黙って頷いた。


「では、我々にいったい何をしろとおっしゃるので?」

 徴収でも徴兵でもないとなると、農民たちにはとんと見当もつかない。

 みな、安心しつつも困惑気に首を傾げた。

 その様子に「やっと本題に入ることができる」と、エルシィもまたホッとした。



「小麦を年に二回育てる……ですか?」

 話を聞き、七人の若手農民たちはより一層困惑を深くした。

「えぇ……そんなことができるのか?」

「いやちょっと、俺たちじゃわからんな。

 村の長老にも訊いてみんと……」

「どっちにしろ作付けの決定権なんて俺らにないよ」

「そこは村長の役目だな」


 そんな内輪の相談を漏れ聞きつつ、やっと出番が来たという顔でリクハド老が進み出る。

「ではその長老や村長の話を聞きに、そなたらの村まで行こうではないか。

 ついでにここで作っておる小麦も見せてくれ」

 農民の男たちは顔を見合わせて、リクハド老の言うとおりにすることにした。


 そのようにして、一行はテクテク歩いて村を目指すことになった。

 ちなみに話が込み入ってきたようなので、と、ホーテン卿と彼に引きつられた騎士や兵士たちは早々にこの場を辞していた。

 去り際に「難しいことはエルシィ様にお任せしますぞ」と言っていたので、ただ内政ゴトに関わりたくなかったのだろう。

 武芸者ホーテンらしい態度ではある。


 しばらく歩いて一行は村に着いた。

 若手のリーダー格によってエルシィたちは長老宅へと案内される。

 その間に他の若手は村の中を走って村長を呼びに行った。

 偉い人を迎えるには村長宅の方がまだマシだろうと村の若者は言ったのだが、長老の立ち居に多少困難があると聞いて、エルシィがそう申し出たのだ。


 そしてやってきたのが老人独り暮らしにはちょうど良いような小さな一軒家である。

「ごめんよ、長老いるかい?」

「おお西の家のペイザンか。どうした、何かあったか?」

「村長と一緒に聞いてもらいたいことがあってな。村長は今、呼びに行かせてる」

「そうかそうか。……それでそちらのお客さん方は?」

「ああ……ええと、セルテ侯爵様とそのお付きの方々、らしい」

「それはまた……こんな僻地へ、ようおいでなさった。

 ささ、あばら家ですが、どうぞおあがりください」


 そんな流れでエルシィたちは長老の家へと上がり込む。

 上がりこむ、という表現がちょうどよいように、この家は領都などでよく見る玄関から板張りの家ではなく、土間があり、上がり框があり、その上にようやく板の間があるという作りだった。

 そしてテーブルや椅子はなく、かわりに麦藁の円座が床に直接置かれている。

 雰囲気としては日本の古い農家の様な造りである。


「それでは遠慮なくお邪魔しますね。

 あ、これはお土産の粗茶です」

 エルシィはそう言ってひょいと框を登って空いている円座に正座する。

 土産の粗茶とは、キャリナが持ってきた紙袋入りのハーブティである。


「これはご丁寧に。

 すまんがペイザンや、お客様の分と、あとこれから来る村長の分も含めてお茶を淹れてくれ」

「わかった……けど、俺、茶なんて淹れたことないぞ」

「ああ、それでしたら私が。

 あなたは火と湯の用意だけしてください」

 主人がとっとと座ってしまったので所在なさげにしていたキャリナが申し出て、そのようになった。

続きは金曜日に

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