395農民vs
「ちょ、待てよ! オレたちは……」
少しばかり呆れの入った声でアベルが言いかける。
相手はすでに興奮状態の農民たちだ。
ゆえに、彼らはアベルの言を聞き入れようとしなかった。
「ええい問答無用だ。
盗賊どもの言葉何ぞ聞いたら耳が腐る!」
「野郎ども、やっちまえ!
俺たちの畑を荒らしたらどうなるか、目にもの見せてやれ!」
「おお!」
その数、七人ほどの男たちが次々に声を上げて手にした農具を天高く掲げた。
どの男も、街にいる者たちとは比べ物にならないくらいに鍛えられた身体つきをしている。
農作業で鍛えられた筋肉である。
鍬や鋤を振るうに申し分ないだろう。
相対するエルシィたち。人数でいえば少しばかり下回る。
レオの連れて来た犬たちを入れれば上回るが、果たして数えていいモノか。
というかエルシィやキャリナ、そしてリクハド老もどう考えたって非戦闘員である。
ここは純粋な戦闘職である二人に頑張ってもらうしかない。
それにしても問答無用ではどうしようもない。
エルシィは眉を寄せてため息をつくと近くに小さな虚空モニターを開きつつ、両戦闘員へと言った。
「ヘイナルさん、アベルさん。話も聞かない悪い子たちを少し懲らしめてあげなさい」
いつになく偉そうな物言いだったのでちょっと違和感を覚えつつ、ヘイナルとアベルはエルシィに振り返った。
「懲らしめろって言ったって、相手は農民だぞ?」
「我々の得物を振るったら殺さないまでも大けがをさせてしまうかもしれません」
言いつつ、それぞれが腰に差している短剣をポンと叩いて見せる。
確かにそれは両刃の剣であり、日本刀のような峰打ちは期待できそうもない。
ではどうするか。
エルシィはふふんと得意そうに鼻を鳴らして虚空モニターから木の棒を二本引き出した。
よく新兵たちが打ち合いの稽古をする時に使用する棒である。
「これをどうぞ」
「……よくこんなものをすぐに用意できたな」
「ライネリオさんがやってくれました」
見れば、小さな虚空モニターの向こうでいつもの笑顔を浮かべた宰相殿が手を振っていた。
「なんでもいい。これでタンコブでも作ってやればおとなしくなるだろう。
行くぞアベル」
「おう!」
かくして、農民の男たちと近衛二人による戦いが幕を開けた。
とは言え、である。
腕力の差はなかったとしても、人間を叩きのめすための専門的な訓練をしている者とそうでない者の力の差は歴然である。
農民たちはたった二人相手に、それも一人は年端も行かない子供を相手にして、次々に打ち据えられていく。
「こいつら、盗賊のくせに生意気な!」
「ええい、さっきから盗賊ではないと言っておろうが」
「いや、今初めて言えたんだけどな」
などと言いながら、官軍優勢の乱戦だ。
と、その時だ。
またもや少し遠くの場所から何かがやってくる気配があった。
それは幾数の馬が走る蹄の音だ。
見ればその方向からは騎兵の小隊が駆けてくるではないか。
「双方引け! 何事であるか!」
その騎兵の隊長格であろう、先頭の老騎士が威風あり、かつ雷のような厳しい声でそう叫んだ。
土煙を立てて殴り合っていた双方、驚いて動きを止め声の主に注目する。
そこにいたのは。
「ホーテン卿ではないですか。奇遇ですねぇ」
と、場にそぐわないのほほんとしたエルシィの声で、いきり立っていた農民たちも我に返った。
そう、老騎士ホーテンはゆるんだ騎士や兵たちを鍛えるために、少数ずつ引き連れて領内の悪者を懲らしめて回っていたのである。
「騎士様! 良いところに来てくださった。
盗賊です!ひっとらえてください!」
まだ倒れてない農民の一人がそう声を上げた。
エルシィの家臣でありかの姫の忠実な老騎士は、その農民とエルシィの顔を交互に見てから呆れたようにため息をついた。
「姫様、これは何の遊びですかな?」
「遊んでるんじゃないやい」
エルシィは少しすねたように口をとがらせて答えた。
ホーテン卿のとりなしによって、農民たちはついにエルシィの正体を知る。
「侯爵様!? でも侯爵様と言えばもっとこう、壮年の厳つい顔したおっさんだったのでは……」
「バカ! 侯爵様に対しておっさんはねえだろ」
何人かの農民はそんなことをささやき合っていたが、事情通の男が一人いたようで、エルシィは晴れて農民たちにも侯爵として認知される。
「へへぇ、なにとぞ……平にご容赦を」
七人の男たちが牧草地に両膝を付けて平伏した。
その頭にはすべて平等に大きなタンコブが生えている。
「まぁ誤解から始まったケンカです。
お互い水に流して遺恨は残さないということで収めましょう」
これでエルシィに傷の一つでもついていればそれはもう反逆と言われても仕方ない事態であったが、幸いにして農民たちにタンコブ拵えただけで当方無傷である。
ゆえにエルシィはこれを「ただのケンカ」という態で済まそうと、そう言ったのである。
農民たちもバカではない。
それを理解し、ただただ恐縮して頭を下げ続けた。
続きは来週の火曜に




