392農業今昔
「エルシィ、二期作とはなんだ?」
困惑気な側近衆のうち、アベルが代表するようにその疑問を口にした。
「二期作は同じ畑で春から秋、秋から春など、年の二回、同じ作物を作ることです」
「すると二毛作は?」
「同じ畑で同じ年のうちに二種類の作物を作ることですね」
「なるほど……?」
簡単に説明してみたがいまいちピンとしていない顔だった。
これを受け、エルシィは「ふむ……」と思案顔となる。
そもそもエルシィがハイラス領、またはセルテ領を差配するようになって疑問に思ったことがある。
どちらも豊かな農地を持ちながら、二期作、二毛作が一切行われてないことである。
これがジズ公国の本領であるジズリオ島ならまだわかる。
土地が豊かでないからだろう。
ではなぜやらないのか。
これは正直原因を追究する暇がなかったので判らず仕舞いだった。
片手間に思惑してみた結果を言えば、おそらく「現状の人口では現状の食糧生産でギリギリまかなえているからだろう」ということだ。
とは言え、過去から現在に至るまで徐々に人口は増えている。
これは女神アルディスタがどうにかして人口を減らすようにとエルシィに命じたことからもわかる。
であれば、現在は本当にギリギリになってきているのだ。
ハイラス領やセルテ領と言った豊かな大領であれば多少は余る。
だが近隣の寒冷な小国だと国内の需要を賄うのですら足りずに、ハイラス・セルテから輸入している始末であった。
これで余剰は消費されてしまうため、備蓄がほとんどないという状態である。
で、あれば、ハイラス・セルテ両領で二期作や二毛作を導入しない手はない。
「その、エルシィ様の言い様を聞く限りは単純計算で収穫量が倍になる素晴らしい計画かと存じますが……なぜ今まで誰もやらなかったのでしょう?」
と、キャリナがさらに疑問を続けた。
「そこなんですよね」
そう、そこなのだ。
先ほど、エルシィが二期作・二毛作について言及した時、博物学者リクハドは何と言ったか。
「良く歴史を学んでいる」と言ったのだ。
つまりこれはどういうことかと言えば、過去には二期作・二毛作が行われていた歴史が存在するということだ。
それが何らかの理由で行われなくなり、それから代がいくつか替わり、その方法論が忘れ去られたのだろう。
そうして最初の疑問に戻ってくる。
では、なぜやらないのか。
いや、正しく言い換えれば、なぜやらなくなったのか。
その答えを求めてエルシィはリクハド老へと目を向ける。
リクハド老は「うむ」と頷いていかにも教鞭をとる博士らしく、胸を張って狭い範囲をコツコツと歩き出した。
「そも歴史を紐解けば三〇〇年以上は遡る」
「三〇〇年……というと旧レビア王国の時代か」
リクハドの最初の言葉にアベルがそうつぶやくと、リクハドは楽し気に口角を上げて頷いた。
「うむ、君も幼いのによく学んでおる。良い人材がそろっておるのう」
「こほん、それでな。
三〇〇年以上前、レビア王国では神々の恩寵を受け、特に中央たるセルテやハイラスという土地は今以上に豊かであった。
その頃生まれたのが二期作、二毛作という農法だ」
改めて続いたリクハド老の講義を聞き洩らさぬよう、皆は一様に押し黙って目を向けるようになる。
通り一遍の上面な歴史くらいなら、良家の子女であれば学ぶ機会がある。
それでもこうした深い話になるとトンと知らないのだ。
特にたった今、疑問に思ったことへの回答を示してくれるのであれば、これは好奇心がうずいて当たり前というモノだった。
「そして三〇〇年前のレビア王国の体制崩壊、そして戦国時代の始まりである」
当時のレビア王が正式な国王継承がなされぬうちに崩御され、それによって各領を納める貴族たちによる覇権争いが始まった。
この歴史についてはすでに述べたし、良家の子女でならおおよそ知っている話だ。
が、それが農業にどういう影響を及ぼしたのか。
ここにいる誰も考えたことがなかった。
そう、エルシィ以外は。
「戦争による、人口の減少ですか?」
「うむ! よく判ったのう!」
優等生エルシィがピンときたことを言えば、リクハド老も満足げに頷いた。
そして続く。
「だがそれだけではない。
いやそれだけとも言えるか?
ふむ。
戦争で働き手が減少した。つまりは畑の面倒を見る者が減ったということじゃな。
そしてそれは食い扶持の減少でもある」
「なるほど、それで……」
「さらにな」
「え、まだあるのですか?」
納得いく話であったのでキャリナが頷きかけたが、リクハド老の話はまだ止まらなかった。
「あるのじゃ。
先に言ったであろう?
『神々の恩寵を受け土地が豊かであった』と。
その恩寵がな、戦争を機にいつの間にか多くの土地で消えてしまったのじゃよ」
なるほど、と、エルシィはあらゆることに納得がいった。
戦争で人口が減り、食糧生産する働き手とともに食い扶持も減った。
二期作・二毛作をする手も足りないし、する必要もなくなったということだ。
これは表向きの事情。
後は事情を知る者だけが解る「恩寵の消失」。
端的に言ってしまえば、戦争のゴタゴタで印綬による領主の継承を失った土地が数多くあったということなのだろう。
証として金印だけが伝わり、正しい継承儀式を行わなかったために豊穣神からの恩恵を受けられなくなった。と。
続きは金曜に