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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第四章 大領セルテ編

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391素案

 リクハド博士の目には確かな自信が見て取れた。

 まだ何を求められているのかも知らないというのに、である。

 エルシィはその老人の笑みを受け取って楽し気に笑い返した。

「では、今後よろしくお願いしますね。

 細かいお話は……そうですね、執務室でやりましょう」

 これが慢心なのか、それとも確かな知識に基づいた矜持ゆえなのか、それはこれからの対話で明らかにされるだろう。



 さてこのリクハド老博士の修める博物学とは何か。

 それは自然科学である。

 では自然科学とは何かとなれば、物理学、化学、生物学、天文学、地学、工学、農学、医学などなどの総称だ。

 つまり博物学とは、我々の知る様々な学問に細分化する前の存在ということになる。


 まだ学問というジャンルが未熟で、とにかく広く浅くでいいから自分たちの住む世界に何があり、どんな法則があるのかを知る段階にあった時代の学問ということだ。

 いわば自然科学の母なる学問と言ってもいいかもしれない。


 その博士であるリクハド老を引き連れて、エルシィと側近衆は主城天守上層にある侯爵執務室へと移動した。

 エルシィが最奥にある黒檀の執務机に、近衛のヘイナル、アベルは扉前やエルシィの机斜め前、侍女キャリナはエルシィの傍ら、といった具合に配置につく。

 リクハド老はまだお役目も何もないので執務机の前に畏まって立つのみだ。


「立ったままというのも大変でしょう。

 誰か椅子を用意してあげてください」

「わふ」

 と、エルシィが部屋を見回すと、すでにエルシィの戻りを応接ソファーで待っていたと思われる山の妖精族(クーシー)のレオが元気よく立ち上がった。

「おやレオさん、いいお返事ですね!」

「わふ! 椅子、持ってくる!」

 エルシィからの誉め言葉を受けて嬉しそうに笑ったレオは、すぐに執務室隅に置かれている簡素な椅子の中から一つを重そうに持ち上げて持ってきた。

 持ってきて、レオはその椅子をエルシィの隣に置いて、すぐにそこへ座り「えへー」と笑った。


 執務机の斜め前にいたアベルはそれを見て頭痛を覚えたかのようにコメカミ辺りを抑え首を振った。

「そうじゃないレオ。その椅子はリクハド……そこに立っている老人に座ってもらうための物だ」

 言われ、レオがガーンとショックを受けたように絶望顔を晒すと、アベルは何も悪くないのに何か大きな罪悪感を憶えるのだった。


 この様子にエルシィはアベルと目を合わせると、無言でうなずく。

 アベルもそんなエルシィの意を受け取って、ため息交じりに口を開いた。

「レオ、エルシィの横に座りたいならその椅子はそれでいい。

 代わりにもう一つ、リクハド老の為の椅子を持ってくるんだ」

「……わふ? わかった!」

 レオは途端に喜々満面となって、ぴゅーと椅子置き場へと駆けて行った。



 そんな一幕をはさみ、やっとエルシィとリクハド氏は会話を進めることができる状態となった。

「いやはや、なかなかにぎやかな職場ですな」

「えへー、お恥ずかしい」

 リクハド老がほほえまし気に言えば、エルシィもレオの頭をかいぐりながらそう答えた。


「さてさて、話を戻しましょう。

 リクハドさんに取り組んでいただきたい仕事の話です」

「ふむ。さっきも言いましたが、この老いぼれで役立てるなら何なりと」

 為政者の顔になったエルシィに応え、リクハド老がドンと胸を叩いて、ゴホゴホと咳き込む。

 すぐにレオがたーっと駆けていき、彼の背中をさすった。

「ありがとうよ、優しい犬っこ」

「えへー」


 なかなか話が進まない、と思いながら、リクハド老はコホンと咳払いをして、努めて真面目な顔をする。

「それで侯爵閣下はわしに何をやらせたいので?」

 エルシィもレオの微笑ましいしぐさで緩みがちな顔を引き締めて答える。

「リクハドさんに取り組んでいただきたいのは、食糧の増産です」


「ふむ、増産、のう……」

 リクハドはその言葉をかみしめるようにつぶやき、そして値踏みするような目をエルシィへと向けた。

「増産などと簡単に言われますが、何か方針や素案はおありで?」


 この質問に、キャリナなどは困惑気に眉をひそめた。

 それを考えて立案するのがあなたの仕事でしょう。

 そう、喉まで出かかったが何とか飲み込む。

 なぜなら、主君であるエルシィが気にも留めない顔でニコニコしてたからだ。


 エルシィは言う。

「そうですね。もちろん細かいことはリクハドさんに計画立案していただきたいところですが、わたくしとしては二期作、あるいは二毛作を導入したらどうかと思っています。

 素人考えでお恥ずかしい限りですが、いかがですか?」

 キャリナ他、側近衆たちが首をかしげる中、リクハド老はとても嬉しそうに大きく頷いた。


「良い。実に良いですな。

 侯爵閣下はそのお歳で良く歴史を学んでいらっしゃるようだ」

 さらにそんなことをリクハドが言うモノだから、側近衆はさらに疑問符を頭の上に打ち上げるのだった。

続きは来週火曜に

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