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387来邦者

 砦の隊長氏といくつか言葉を交わしながら、エルシィはしばし窓の向こうに立ち並ぶ雪像たちを眺めていた。

 元居た世界でもこうした雪像を作って競うお祭りがあったことを思い出す。

 もっとも、こっちは互いに向き合って威嚇するように作られているので物々しい限りではあるが。


 そうして白銀の世界をしばし見ていると、その視線の中に小さな黒点が混じった。

「おや、飛蚊症ですかね。まだこの身体は若いのに」

 エルシィは視線を一度室内に戻し、瞳の焦点をぐりぐりとあちこちに動かしてからごしごしと目をこする。

「あ、いけませんエルシィ様。目がおかゆいのですか?

 ですがこすっては眼球が傷つきます」

 慌ててキャリナが駆け寄ってきてエルシィの顔をぐいと持って瞳をのぞき込み確認した。

 今こすったせいか多少赤くなっているが、それ以外はいつもと変わらぬきれいな瞳だった。


「エルシィ様、あれは目の中のゴミではありません。

 人のようです」

 窓の位置を代わって目を凝らしていたヘイナルが言う。

 エルシィはキャリナに顔を掴まれたまま、咄嗟に脳裏に浮かんだ言葉を口にした。

「人がゴミのよう?」

「何か言いましたか?」

「いいえ、なんにも?」


 ともかく、である。

 改めて窓によって確認すれば、その黒点は確かに積もった雪に難儀しながらウゾウゾと歩み進む人のようだった。

「隊長さん。隣国との行き来はよくあることなのか?」

 少しだけ厳しい顔になったアベルが腰の短剣を身に引き寄せながら問う。


 その問いに砦の防衛隊長は怪訝そうに眉をゆがめて首を傾げた。

「雪のない季節なら商隊の行き来が多少はありますが、こんな時期に、しかも単独で、と言うのは普通ありませんね。

 何事でしょうか」

 隊長氏のそんな言葉に、アベルは一層眉を引き締めるように寄せた。

 まさかエルシィを狙った刺客が来るとは思わないが、それでも警戒せざるを得ない。


「ともかく確認に向かわせましょう。

 おい誰かいるか!」

「は、何事でしょう」

 隊長の呼びかけに、砦の隊員だろう中年の男が足早に部屋へと入ってきた。

 彼は隊長といくらか言葉を交わし、それから窓の外を確認して頷くと「承知」と短く行ってから部屋を飛び出した。


 しばらく窓から様子を見ていると、すぐにさっきの中年ともう二人ほどの隊員が一緒になって砦から進出し、より大きくなって来た黒点へと向かう。

 ここまでくるとその黒点の様子もよりよく見えるようになっていた。


 人であることは間違いない。

 そしてどうやら腰が曲がった老人のようだ。

 しかもすでにヨロヨロしている。


「あれはよくありませんね。倒れるのでは?」

「あ!」

 ヘイナルが言ったとたんに、その老人は雪の上にポテと横倒しになった。

 慎重に進んでいた三人の隊員もそれに気づいたようで、泡を食ってのそのそと駆け出した。


 程なく、さっきの中年隊員が気を失っているらしい老人を背負って砦へと帰還した。

 隊員たちはかわるがわる帰還の挨拶を隊長とエルシィたちにする。

「何者かは解らないが、とりあえず空いてる部屋で寝かせてやれ」

「承知。空いてる部屋に寝かしてやります」

 中年隊員はすぐ敬礼で復唱し、老人を担いだまま回れ右して部屋を出て行った。


「難民ですかね?」

 エルシィが痛ましそうな顔でつぶやく。

 だがヘイナルがすぐにそれを否定するように首を振った。

「それにしては……老人一人と言うのはおかしくないですか?」

「それでは追放か?」

「追放刑ならこの砦まで向こうの役人がついてきますよ」

 ヘイナルの言葉にアベルや隊長が意見を交わす。

 そこから導き出される結論は「どれも違うのではないか」と言うことだ。


「老人が目を覚ましてから訊くのが一番でしょう」

 結局、一番現実的な意見を言ったのはキャリナだった。

 そして彼女はさらに現実を突きつけるように言葉を続ける。

 その突き付け先は主君である。

「そうするとかの者が目覚めるまでこの砦に滞在することにしますか?」

「いえーす」

 エルシィは大仰に頷き、キャリナは恭しげに頭を下げ、そそくさとその場を辞した。

 どれくらいの時間になるかわからないが、貴顕が滞在するなら彼女なりに準備が必要と思ったのだろう。



 それからエルシィは砦内の視察やさっき見た雪像をもっと近くで見たりと、ちょこまかと動いて時間をつぶした。

 キャリナが砦内の物資を使って精一杯整えた仮の居室は結局使わずじまいだった。

「残念だったな」

「いいえ、使わないで済むならそれに越したことはありません」

 労うようにアベルが言ったが、キャリナは澄まし顔で首を振った。


 そうしてそろそろ日も傾くという頃。

 件の老人が目を覚ましたと、監視に置いていた隊員から連絡があり、隊長含む一同は老人の仮寝室へと集まった。


 エルシィたちがその部屋に集まると、老人は落ち着いた様子、と言うか動く気力体力もないのか緩慢に目を開けて視線だけをこっちに向けた。

「ここは?」

 すぐエルシィが寝台に近づいて返事をしようとするが、ヘイナルがそれを差し止め、アベルが代わりに老人の側へと赴いた。


「ガルダル男爵国とセルテ侯爵領の国境、セルテ側の砦だ。

 爺さんはどうしてこんなところに一人で来た?

 見ればロクに荷物もないようだが」

 老人の問いに答えつつ、アベルはすぐさまそう問い返した。


 老人はしばし瞑目し、それからまたゆっくり目を開ける。

「あんな国におれるか。ワシをボケ老人扱いしおって。

 夏にでもなればあいつらもきっと後悔するぞ」

 その顔は怒りを湛えた物だったが、どこか物悲しそうでもあり、そして諦観がにじんでいるようだった。

続きは来週の火曜に

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