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384現場の男たち

 設計図を受け取ったバレッタは、その図を縦にしたり横にしたりしながら首をかしげしばし眺める。

「ほー…………」

 結果、理解するのをあきらめた良い笑顔で弟を呼びつけた。

「アベルー! 設計図来たわよー!」

 正直「現場監督がそれでいいのか」と言いたくなるヘイナルだったが、まぁ彼女の役割は作業の指示をする監督ではなく、人を動かすために尻を蹴とばす方の監督なのだ。

 そう思って言葉を飲み込んだ。

 ぶっちゃけ、年端も行かぬバレッタに期待する仕事ではないのだ。


 呼ばれた弟アベルは向こうで工夫たちと一緒になって穴を掘っている最中だったが、姉の声に気づくと道具を傍らにいた工夫に渡して駆けて来た。

「ああ、エルシィ。来たのか」

 言葉面はぶっきらぼうだが、彼をよく知るキャリナやヘイナルはニマニマとした笑顔を浮かべる。

 二人にはぶんぶんと振られる尻尾が幻視されるゆえであろう。


「アベル、もうこんなに進んだのですね。すごいです」

 エルシィは背伸びしてアベルの頭をよしよししながらそう褒めたたえた。

 アベルは恥ずかしそうに柔らかくその手を払いのける。

「そうは言っても、外壁の基礎と、その内の地面を均しただけだけどな」

 言われてエルシィはじめとした側近衆がもう一度現場をぐるりと見渡す。

 だけ、とは言うが結構広い土地が囲われ、起伏がすっかりなくなっている。

 重機もなくこれだけの仕事を数日でやってのけたのだからすごいことだ。


「それに頑張ったのはオレだけじゃない。

 海賊のおっさんたちもだ」

「なるほど。海賊さんたちには報酬も弾まないといけませんね」

 どこか誇らしげなアベルの様子に、エルシィもほほえましげに頷いた。


「外壁の基礎だけ、と言う割には小屋もいくつか見えるようですが?」

 ふと気づいたように、まだあちこちを掘り返す工夫たちの仕事ぶりを眺めていたキャリナが言う。

 確かに縄張りされた範囲の隅に、いくつかの小屋が立っていた。


「あれは休憩所や仮宿舎の為の掘っ建て小屋だ。

 ちゃんとした母屋が建ったら取り壊すやつさ」

 掘っ建て小屋とはまともに基礎も打たず、柱を土に埋めただけで作った粗末な小屋のことだ。

 頑丈さなどでは圧倒的に劣るが、しばらく使うだけの仮宿舎としてならテントなどよりはマシである。


「侯爵様侯爵様! 小屋があるなら実験室こっちに移したいにゃ!」

 と、興奮気味に言い出したのはこの製塩工場の肝となる石油精製技術の責任者。草原の妖精族(ケットシー)のトウキだ。

「お城ではダメですか?」

 エルシィとしては新技術の開発はできるだけ手元で行ってほしいという気持ちがあったゆえに一応聞いてみた。

 だがトウキは首を横に振る。

「お城でもいいけど、原料を侯爵様にお願いしなくてもすぐ採れるから、こっちの方が便利にゃ」

「なるほど。そうですね。確かに」


「アベル、小屋に空きはありますか?」

「ああ、そういうこともあるだろうと思って余裕をもって作ってある。

 あと、ナツメが寝泊まりしている小屋もあるから、トウキもそこに泊まればいい。

 大丈夫だ」

 ナツメはトウキの妹だ。

 何を思ってか、先日ここに来た時に「ここに残る」と言い出したので、意思を尊重して置いていったのだ。


「……ナツメさんは何をしてるのですか?」

「……縄張りに色々口を出してきてたな。

 実験農場? を作るつもりらしい」

「実験農場、でしたか」

 ナツメは薬草を育てるのが得意と聞いていたが、果たしてこの寒い土地で何をどう育てる気なのか。

 気にはなるが、今はひとまず脇に置いておくことにした。


「ではトウキさん。実験室の移動を許可します。

 助手たちと引っ越しを行ってください」

「にゃ!」

 気を取り直して発せられたエルシィの言葉にトウキはピッと敬礼で答えた。


 さっそくエルシィに移動用の虚空窓を出してもらってトウキは城に戻った。

 窓をそのままにしておいて欲しいと言われたので、すぐにでも荷物をまとめて移動してくるつもりなのだろう。


 そうした一幕をはさんでから、エルシィは改めて現場を眺める。

「はー、それにしてもホントにすごいペースですね。

 皆さん大丈夫なんですか?」

 仕事が早く進んでくれる分には助かるのだが、心配なのは労務管理の方である。

 激しい労働で体を壊す者がいては、今は良くても将来的によろしくない。


 そんな心配をしているとバレッタがにぱっと笑った。

「なんなら本人たちに訊いてみる?」

「はい?」

「おーいオルヴァ! ちょっとこっち来て!」

 いうや否や、バレッタは手を振りながら大声で筋骨隆々な男を呼びつけた。

 今は着てないが、先日見た時には立派な角を生やした鹿の毛皮を着ていた男だ。


「へい姐さん。何でしょう?」

 やってきたオルヴァはバレッタに返事をしつつ、エルシィたちをギロリと見まわす。

「こら!」

 と、バレッタは腰に手を当てて叱りつけた。

「お姫ちゃんはあたしたちのボスなんだから、ちゃんとあいさつしないとダメよ」

「へ、へい。失礼しやした。

 男爵陛下より船を与っておりましたオルヴァと申します」

 立ったままヒザに両手をつける独特のお辞儀をしながらオルヴァは言う。

 もっとも、彼が与かっていたという船はすでにバレッタとの海戦で沈められているのだが。


「丁寧なあいさつ大儀です。

 オルヴァさん、ここでのお仕事はどうですか?

 大変ではありませんか?」

 務めて偉そうにその挨拶を受けたエルシィは、続けて労わるように訊ねた。

 だがオルヴァは一瞬、何を言われたのか解らないという顔をしてから大声で笑い声をあげた。


「ヴィーク国の男はほとんどが海の男でさぁ。

 これくらいのことは何てことねぇ」

「ほへー」

 そう言って力こぶを作って見せるオルヴァをエルシィは感心気に見る。

 実際、エルシィの周りの武人でこれほど筋骨隆々な者と言えば、将の一人であるサイードくらいだ。

 ところが見れば、働いている工夫たちの体格は、皆、オルヴァに準ずるようなものであった。


 エルシィやヘイナルの感心気な目、ついでにキャリナの呆れたような目を苦笑いしながら見たオルヴァは、続けて言う。

「今の俺たちは漁を禁じられてるから、こうして真っ当な仕事で稼がせてもらえるのは正直ありがてえんだ」

「別に漁はしていいんじゃないですかね?」

「お姫ちゃん、オルヴァたちの言う漁って海賊のことだから」

「海賊でしたねそういえば。じゃぁダメですね?」


「それにな……」

「はい?」

「この塩作りの工場が上手いこと行くなら、俺たちの子はヤクザな商売しなくても食っていけるかもしれねぇ。

 そう思えば多少の苦労は何てことねえでさぁ」

 そう言ってから、オルヴァは急に照れ臭そうにしてその場を去って行った。


「オルヴァさんたちが倒れたりしないように、気を付けてあげてくださいね」

「あたしに任せて、お姫ちゃん!」

 エルシィは去っていく男の背を優しい気持ちで眺めつつ、バレッタと頷きあった。

続きは金曜に

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