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382下手の考え休むにニタリ

「一人で考えるのは何かと限界がある」「相談は大事」というお話

「ガス……灯油……ん? とう……豆腐、湯豆腐、食べたい……」

 翌日、エルシィは執務室であらゆる報告書に目を通しながら迷っていた。

 途中、余計な雑念が入り口元がじゅるりと音を立てはしたが、悩みはおおよそヴィーク男爵国で行う製塩事業のことである。


 別に塩が湯豆腐の調味料としてどうか、という話ではない。

 製塩を行う上で主に使う燃焼燃料どれにするか、という問題である。


「エルシィ様は何をそんなにお悩みなのですか?」

 と、見かねたライネリオが静かな口調で訊ねた。

 彼はエルシィが行おうとしている製塩事業について大まかなことは聞いているが、細かいことについてはノータッチであった。

 やったことと言えばエルシィ不在の間の代理執務と、せいぜい石油蒸留実験の助手をを選定した程度である。


 エルシィはしばし考えてから、口を開く。

「ガスを使うか、灯油を使うか。それが問題なのです」

 ふむー、とゆっくりとした息を吐きながら手にしていた報告書を机に置き、腕を組んだ。

 この時でもいろいろなことが頭の中でぐるぐるしている様子が見て取れる。


「そもそもエルシィ様は最初、ガスを使おうとお考えでしたよね?

 それはなぜです?」

 そのくらいはライネリオも聞きかじっていたが、その理由については知らされていなかった。

 もっともそれはキャリナや他の側近たちも同様である。

 ゆえにキャリナもまた興味深そうに耳を傾けた。


 ちなみにヘイナルはあまり興味ないのかエルシィの傍らで直立不動のまま、正しい近衛の姿をさらしている。


「あ、そこの話をしていませんでしたね」

 エルシィも「いやーうっかりうっかり」などとつぶやきながらえへへと笑う。


「まず黒水……つまり石油とはいくつかの種類の燃料がまぜこぜになったモノだという話はしましたよね?」

「ええ、それは聞きました」

「それをですね、トウキさんの蒸留器で分離することができるようになるわけですけど、殆どの燃料は『油』という形で保存ができます」

「ははぁ、なるほど」

 ここでライネリオは納得気に頷いた。

 まだ察していないキャリナは首を傾げ、やはり解っていないと思われるヘイナルは涼しい顔で我関せずを貫いた。


「どういうことです?」

 キャリナは先を聞きたくてつい口をはさんだ。

 エルシィはそんなキャリナの珍しい子供っぽい様子にニッコリして答える。

「『油』は保管も持ち運びもしやすいので他の地域でも使えますが、ガスはそれが難しいので現地で使ってしまいたかったのです」

「ははぁ、なるほど」

 キャリナもこれで納得した。


 つまり液体である油と気体であるガスでは、貯蔵においても移動においてもその難易度が桁違いという話である。

 ちなみに我々の住む世界であればガスを圧縮し液化することが可能だ。

 しかもこの技術を使うことで、石油ガスは二五〇分の一の体積にすることができる。

 ゆえに我々の住む世界では、ガスも遠くへ運ぶことが容易なのだ。

 ところが残念なことに、この世界ではまだ気体の圧縮に関する技術、そしてそれに耐えうる圧力容器を作る技術がない。


 であればガスは運ばず現地で消費するのが最良だろう。

 というのがエルシィの最初の考えだった。


「ではなぜ今になって迷っているのでしょう」

「それは無臭だと思っていたガスが臭かったから……あっ」

 言って、エルシィは自分の迷いの意味が大きく減じていることに気づいた。


 エルシィの知識の中で無臭のはずのガスがなぜ臭かったか。

 それは硫黄分が抜けきっていないからだった。

 この硫黄分を除去する方法が脱硫であり、その脱硫の方法をたった今、ボーゼス山脈におわす薬神メギストが探してくれているところなのだ。

 つまり脱硫して臭いが減じれば、当初の通りガスを使っても何も問題ないのだ。


「ちょっと色々考えを詰め込みすぎて、ぐるぐるしていたようです」

 エルシィはライネリオやキャリナたちにえへへと苦笑いを投げかけた。


「そうと判れば後は専門家たちに同じ話を打ち明けて、そのうえで意見をもらうのがいいでしょう」

「ライネリオさん、そのとーりです! さすがいいこと言う」


 エルシィは座っていた椅子からパッと飛び降り、さっそくと執務室の扉へと向かっててててと駆けだした。

 キャリナとヘイナルは慌ててその後を追った。



「トウキさんの意見が聞きたいです!」

 城内の片隅にある石油蒸留実験室のドアがバンと勢いよく開く。

 室内で製塩工場で使う燃焼器の設計をしていたトウキが顔を上げてみれば、そこには仁王立ちの主君エルシィがいた。


 トウキは手にしていた羽ペンをペン立てに刺し、頭を切り替えるためにテーブルの傍らに置いてあった白湯を飲む。

「何事にゃ?」

「ええと、つまりですね?」

 エルシィはつかつかとテーブルまで歩み寄り、ポットから空いているカップへと自ら白湯を注いでポフンと椅子に座った。

 後に続くキャリナなどはまた頭の痛そうな具合でその様子を眺めている。

 そしてエルシィは先ほどライネリオに説明した内容を繰り返した。


「ははぁ、なるほどにゃぁ」

 聞いたトウキは呆れた顔で白湯をすすった。

「そういう訳でだったのにゃ……。

 なら最初からそう言ってくれればよかったにゃ」


 そもそもトウキは「無臭のガスが取れるはずだ」と聞いていて、それに対して「臭いガスしか取れなかった」と報告したに過ぎない。

 そして扱いやすさの点から灯油を勧めたに過ぎない。

 最初からエルシィが「なぜガスを使いたかったか」を聞いていれば、そのような祖語は発生しなかっただろう。

 と、トウキはため息をついた。


 トウキは机の上の描きかけの図面をエルシィに見やすいようひっくり返す。

「これを見るにゃ」

「これは?」

「臭い燃料で海水を煮詰めても、臭いが移らない鍋にゃ」

「おお」

「これが出来れば臭いガスだろうと臭い灯油だろうと問題ないにゃ」

「おお!?」


 見れば原料である海水を入れておく室と燃焼を行う室が明確に分けられ、そしてそれぞれの水蒸気や排ガスを煙突を通して離れた場所に捨てる構造となっている。

 エルシィから見ればまさに近代的な構造の窯である。

 これはもう常圧ボイラーと言ってもいいだろう。


 と、そのタイミングで連絡用に開きっぱなしにしていた虚空の小窓から声がした。

 当然それは、ボーゼス山脈のメギストの声だ。

「とりあえず第一号が出来ました!

 臭いガスから硫黄を取り除く、魔法の砂です!」

 声と共に窓から半身乗り出したメギスト神が小袋を手にしている。

 おそらくそれがガスの脱硫を行うことができる何かなのだろう。

次回は1回お休みを頂き、年明け1/3(金)に掲載する予定です

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