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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第四章 大領セルテ編

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375現地視察

「なるほどのう……」

「……にゃ」

 レイティルはエルシィの話を聞き難しい顔で自らの顎を撫で、真剣な顔の黒猫トウキが頷く。

 そんな黒いねこ耳を見ていると、レイティルも否とは言いにくい。


 いや、そもそもこの案件に否を唱える必要があるだろうか。

 レイティルは幼い脳を回転させる。


 ヴィーク男爵国の片隅で勝手に湧き出る黒い水。

 この黒水の活用ができた者はかつてただの一人もいない。

 長い島史において、何人かのチャレンジャーはいるにはいたが、いずれも早いうちに断念している。

 その一人にエルシィと、そのエルシィが連れて来たトウキという名の草原の妖精族(ケットシー)が挑むというのだ。


 しかもその費用は全額エルシィの侯爵資産から出すという。

 失敗しても何の損はない。

 であれば、やらせてみるのも一興か。

 そう計算を終えて、レイティルは瞑っていた目を開けた。


「エルシィ……陛下よ。

 ここからは重要な話になるのじゃが……」

「なんでしょう?」

 ことさら真剣みを増した顔で言われ、エルシィもつられて眉根を上げる。

 周りにいる側近たちも空気を読み取って固唾をのんだ。


 レイティルもまた緊張から喉をゴクリと鳴らしてから再び口を開く。

「その目論見が上手く行ったとして……わがヴィーク国はいかほどもらえるのかのう?」

 その言葉でエルシィは口元を微妙にほころばせた。


 交渉の末、製塩事業が成功して軌道に乗った場合、その利益の三割がヴィーク男爵国の国庫に納められることが取り決められた。

 ここには商取引にかかる税金も含まれる。


「いやはや、わらわたちは何もせんでお(ぜぜ)が入ってくるのだから、ウハウハじゃな」

「事業が成功すれば、ですけどね」

 レイティルとラグナルの主従はそう笑い合った。

 実際のところ、同文化圏内で最貧国と言われ、海賊行為をしなければやっていけなかったほどのヴィーク男爵国にとって、本当にこの財が入ってくるのであれば大助かりなのである。


 そうして男爵閣下より黒水が湧いている黒池とその周辺の割と広い草原(雪原)部分の使用許可を得て、エルシィたちはさっそく現地へ飛ぶことにした。

 現地ではすでに神孫の双子の姉の方、バレッタが待っていてくれるらしい。


 エルシィがまたモコモコ装備を身に着けて虚空モニターを出したところで、レイティルはおもむろに立ち上がり言い放つ。

「ふむ、ちょっと面白そうじゃし、わらわも行こう」

 当然、少年侍従ラグナルはため息交じりに首を振る。

「ダメです。お風邪を引いては大変です。行くなら春になってからにしてください」

「大丈夫じゃ、バカは風邪をひかぬと、お父様が言っておったであろう」

「そのお父上も冬には何度か風邪を引いておられたではないですか」

「……む、確かに。ではあれは迷信であったか」

 そんな一幕をはさみ、エルシィたちはヴィーク男爵国領都と山一つ挟んだ向こうにある黒池へと飛んだ。



 山一つ挟むと天気も変わる。

 領都付近は軽く吹雪いていたが、こちらは打って変わって快晴であった。

 気持ちのいい青空が広がっているが、代わりにアイスバーンと化した雪原に陽の光がキラキラ反射して目に眩しい。

「これ、今晩目が痛くなるやつですね。サングラス欲しい……」

「さんぐらす、とはなんでしょう? グーニーに用意させますか?」

「いえ、聞き流してください」


 ともかく、彼らは黒池のほとりに降り立った。

「臭い」

 誰もが発した一言目がそれであった。


 皆がハンカチで鼻を抑える中、エルシィはその匂いに石油文明であった丈二の世界を思い出しくすりと笑い、テトテトと歩いて池の黒水に指を突っ込む。

 突っ込みすぐ引き上げて人差し指と親指の間でこねてみる。

 粘度は高めに感じるがこれは確かに油である。

 エルシィはにんまりと笑ってトウキに手招きをした。


「いいですかトウキさん。これが石油です。

 石油というのはいくつかの種類の油が混ざったものです。

 これを蒸留器を使って分類するのがあなたの最初のお仕事になります」

「これが油にゃ……」

 言われ、トウキもまた手で黒水を掬ってみる。

 触ればわかるが確かに油である。

 が、匂いといい色といい、これが役立つ何かになるのか甚だ疑問でもあった。


「ま、とりあえず分離するところからです。

 まずはそのための実験用蒸留窯を作らせますので、その設計と指揮をトウキさんにはお願いすることになるでしょう」

「わかったにゃ。任せるにゃ」

 トウキはすでに案があるようで、半分ウキウキしながら頷いた。


「ところで姉ちゃんはどこだ?

 現地で待ってるって聞いてたけど……」

 二人の話がまとまった風なので、アベルがさっきから気になっていることを口にした。

 言われてみれば確かに。と、皆もまた気づいてキョロキョロしだす。

 あまりの石油臭さにすっかり忘れていた。


 するとちょうど、少し離れたところから元気よく駆けてくる小さな影が見えた。

 アベルなどはその駆ける姿ですぐわかったが、バレッタ当人である。


「そこにいましたかバレッタ。どこ行ってたのです?」

 石油汚れの手でどこかを触らぬように遠ざけながらエルシィが訊ねる。

「臭いから離れてたわ!」

 バレッタは何も後ろ暗いところがないという堂々とした笑顔で言い放った。

石油を触った手はすぐに石鹸で洗いましょう

続きは金曜に

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