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371燃料問題

 塩を作る、というエルシィに、一同はきょとんとした顔になった。

 同じ疑問顔の中で、ライネリオだけが最も怪訝そうに首を傾げた。

「エルシィ様、よろしいでしょうか?」

「はい、なんでしょー?」

 ライネリオは自分の記憶を探るような顔で顎を撫でつつ疑問を述べる。


「蒸留酒の話からして、その少年の作ることができる道具と言うのは蒸留器なのでしょう?」

「それ以外もいろいろ作れるにゃ」

 と、この若宰相の言葉がカチンときたのか、小さなねこ耳少年トウキが口をはさむ。

 本来であれば礼を失する行為ととがめられるところだが、このライネリオもエルシィ同様に他人のそういうところは無頓着だ。

「……それは重畳です」

 ゆえに、彼は優しくそう微笑んでトウキの頭を軽くなでつけた。


「ともあれ、エルシィ様が今一番期待しているのは蒸留器なのでしょう?」

「まぁ、そうですね。今、考えているのは蒸留器を活用することです」

「やはりそうですか」


 ここで簡単に、セルテ領を含めた旧レビア王国文化圏諸国における製塩方法を述べておこう。


 塩の採取場所として岩塩鉱山と海に分けられる。

 岩塩鉱山とは、大昔に海だった場所が地殻変動で陸になった場所であり、とれる塩の結晶の由来は海である。

 とは言え、陸に閉じ込められた海水が長い年月を経て結晶化したものなので、海の塩とはかなり風味が違う。

 そしてこの世界での岩塩の採取方法は、鉱床から直接削り出すことだ。


 対して海塩は海水を直接煮出し水分を蒸発させ、残ったものを採取する。

 効率化のために塩田を使って海水を濃縮させたりもする。


 主君の返答に「予想通り」と言う顔で頷いたライネリオは上記を踏まえたうえで、次の段階の疑問を並べる。

「蒸留器で製塩と言うことは海塩をお考えなのだと思いますが、蒸留器を使ったところでそれほど効率が上がるとは思えません」


 蒸留器とはなんであるか。

 それは水分中の各成分の沸点の違いを利用して分離する道具だ。

 だが海水から塩を取り出すだけであれば、それは上記の通り鍋で煮出しても結果は同じなのだ。

 わざわざ蒸留器を使う必要があるのか、そこが彼の疑問であった。


「なるほど、確かに」

「それに」

 周りの者たちが納得気に頷いたのを確認して、ライネリオはさらに付け加える。

「実のところ海塩の問題はそこではないのです」

「……問題があるのか?」

 アベルが彼の言い方に少し引っかかった。

 岩塩、海塩、どちらも説明を聞いた限りは特に難しいことはしていない。と思ったゆえに、アベルは何が問題なのか気になったのだ。


「ええ、問題があります。

 その問題ゆえに、海塩は岩塩に比べると高級品となっているのです」

 アベルは少し驚いた顔をした。

 実のところ彼同様に多くの者が「海塩が高価な理由」についてあまり考えたことがなかった。

 興味がなかったと言っても過言ではない。

 多くの人間にとっては「相場」こそが重要であり、その理由は与り知らぬところなのだ。


「そうか、高いのには理由がある。考えれば当たり前だな」

 ヘイナルやキャリナも感心気に頷いた。

 この辺りはそれなりに格式のある家庭で育った彼らにとっては目から鱗の気づきであった。

 逆にトウキや妹のナツメにとっては割と当たり前の感覚であった。

 彼らは里で道具や薬草を作るうえで、外の商人と間接的にだがやり取りすることがあったからだ。


「それで、その理由はとは?」

 アベルが促し、ライネリオが続ける。

「簡単な話です。

 煮出す為の火を炊くには薪などの燃料が必要です。

 ですが薪は大量に使うには高くつき、木炭、石炭はさらに高価です。

 それなら犯罪労役などを使った岩塩採取の方がよっぽど安い」


 我々の住む人権が保障される社会ならまた違っただろう。

 だが、この世界において単純作業の人件費はびっくりするほど安いのだ。


 つまりライネリオはこう言いたいのだ。

 蒸留器で塩の煮出しが多少効率よくなったとして、燃料問題が解決しない限りは何もならない。と。


 さて、この若宰相とその話を聞き納得した側近衆は答えを求めて一斉にエルシィを見た。

 今度はそのエルシィがきょとんとした顔で疑問符を頭上に打ち上げていた。


 そしてポンと手を叩く。

「ああ、ライネリオさんは蒸留器をそう使うと思ったんですね。

 なるほどなるほど。

 ですが、わたくしが考えているのはその燃料問題の方です」


 主君の言葉にライネリオは深く腰を折って頭を下げた。

 どこかわざとらしさを感じるのは、彼の()()()を知っているゆえだろうか。

「なんと、そうでしたか。これはお恥ずかしい。

 しかし……」

 と、ライネリオは顔を上げた後に首をかしげる。

 この燃料問題について、彼は薪、木炭、石炭以上の回答を持っていなかったからだ。


 それはもちろん、他の側近衆も一緒である。


 エルシィは何か得意げにふふんと笑みを浮かべ、自分の執務机の引き出しをゴソゴソ探る。

 探り、手のひらに収まるような、コルクで栓をした小さな瓶を取り出した。

 ビンの中には何か黒い液体が収められている。


「これは以前、シレリ商会からの贈り物にあったものです」

 小瓶を皆に見えるように掲げて言う。

「エルシィ様、それはいったい?」

 部屋の灯りに透かされてなおどす黒い液体に何か禍々しさを感じつつ、ライネリオが訊ねる。

 エルシィは皆が興味深げに見ていることを確認してから答えを口にした。

「これは石油です」

この贈り物は「315商人に与えられるもの」で言及されている「珍しい燃料とされる品」に混ざっていたものです


続きは金曜に

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