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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第四章 大領セルテ編

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370食糧事情

「な、なぜわが国(うち)には余剰の麦がないのですか!?

 お城(うち)の倉庫にはあんなにあるのに?」

 打ちひしがれたエルシィは涙目で問う。


 確かに彼女の言う通り、セルテ領主城の倉庫には小麦をはじめとした穀物の袋がうずたかく積まれている。

 この数を管理する財司の役人をつかまえて訊ねたとしても「国庫がこんなに潤っているのは初めてだ」と言うだろう。


 だが、エルシィの補佐として国政を回しているライネリオは言う。

「余剰な麦など一粒たりともありません」

 と。

 ライネリオは自らの顎をポリポリとかきながら視線を漂わせた。

 これは「どこから話したものか」と思案している顔だ。


「いいですかエルシィ様。

 確かに我らセルテ領政府の管理する倉庫にはかつてないほどの麦があります。

 ですがその代わり、在野の商人が持つ麦の総量はかつてないほど少ないのです」

「あ、そうか。そうですね」

 ここに至ってエルシィは自分の勘違いを認めてスンと立ち直った。


「どういうことだ?」

 近衛役の一人、神孫の弟の方、アベルが眉をひそめる。

 彼も多くの場合にエルシィと共にあるので、倉庫に積まれている麦袋は何度か見かけていた。

 あれで「無い」と言われるのは少々納得いかないものがある。


「いえアベル。よく考えなさい」

 そう口をはさんだのはやはりエルシィと共にある側近中の側近、侍女頭のキャリナである。

「あの麦袋は毎年領民より納められる税の分の他、先日フルニエ商会から買い上げた物と、エルシィ様暗殺騒ぎでお取り潰しとした穀物商会より接収したものでしかありません。

 つまり国内の穀物の総量は変わってないのです。

 ですから、多く持っていると油断して余分に使ってしまっては、冬を越す麦が足りなくなる可能性があるのです」

 彼女は現在、エルシィの秘書的な位置で彼女の代わりに様々な仕事を回している。

 ゆえに見えているモノも多い。

 国庫にある麦は確かに多いが、それは国内の麦が偏った結果でしかないのだ。


「そうなのか……あれだけあっても冬を越すにはギリギリってことなのか」

 納得と軽い驚きでアベルが頷いていると、そこへ宰相ライネリオが補足をはさむ。

「まぁ実のところ領内……というかエルシィ様の関連するジズ公国、旧ハイラス伯国、ヴィーク男爵国そしてここ旧セルテ侯国の四国に関しては、あそこにある麦で余剰が出ると思います」

「え、ならあるんじゃないですか余剰の麦」

 エルシィがぐりんと振り返る。目が「騙しましたね!?」という具合に見開かれている。

 その様子に苦笑いを浮かべるライネリオが首を振ってそれを否定した。

 エルシィの頭上に疑問符が灯る。


「周辺諸国にとってもハイラス、セルテ両国で穫れた麦は冬を越す生命線です。

 特にグリテン半島の二国やデーン男爵国、バルカ男爵国と言った北国は寒冷ですから夏の間でもさほど麦が収穫できません。

 さらに最近では旧レビア王国文化圏全体での収穫量も減っていて、蕎麦など代替作物も育ててはいるようですがそれでも充分ではないのです」

「つまりわが国(うち)の余剰は周辺諸国に輸出して空っぽになるという見積もりなのですね」

「そういうことです」

「そっかー」

 エルシィはしょんぼりしつつも納得を示し、自らの身を執務机にてろーんと広げた。


 さて、ここまでの会話の流れを黙って聞いていたが、それでも自分の身の扱われ方を戦々恐々としつつ心配して立っていた少年がおずおずと手を挙げた。

 エルシィがボーゼス山脈の里から連れ帰った新しいねこ耳家臣の兄の方、トウキである。

 ちなみに妹の方ナツメは兄の陰からきょろきょろと執務室を珍し気に見回していて「我関せず」と言った様子だ。


「この二人は?」

 ライネリオがまるで今気づいたという風に訊ねる。

 当然だがさっきから気づいていたが、誰からの紹介もなかったのでスルーしていたのだ。

「あ、スイマセン。後回しになってしまって」

 急ぎ机から復活したエルシィがてってってと二人の元に駆ける。

「新しい家臣のトウキくんとナツメちゃんです。

 二人とも優秀な薬師なんですよえへん」

 なぜか自分が誇らしいかのように胸を張るエルシィだが、まぁ家臣の手柄は主君の手柄なのが当然な社会なので、ライネリオも特に気にせず頷いた。


「そうですか。今後ともよろしく。

 ……ところでトウキさんから何か質問があるようですが?」

「え、なんでしょう。家中(うち)ではそういうの遠慮せずに言っちゃっていいですよ」

 エルシィが軽い風でそのように促すと、トウキはねこ耳を伏せたまま上目遣いで問いを口にした。


「あの……蒸留酒を作れないということは、俺はお役目御免と言うことですかにゃ?」

 そう、このトウキをエルシィが求めた一番の理由は薬師としての能力もさることながら、蒸留器などの製作知識を買ってのことなのだ。

 本当は最初、薬神メギスト本人から教わろうとしたところで紹介されたのが彼だったわけだ。


「あー……いえ」

 エルシィは少しだけ気まずそうにしてから何かに気づいたように思案を始める。

 そしてしばらくしてからピンときた顔をしてトウキの背中をパンと叩いた。

「いえ、蒸留器はやっぱり必要です。

 ただしお酒を蒸留するより大型で頑丈なものを作っていただきます」

「また……何をする気ですか?」

 またぞろ面白いこと思いついたのではないか、と言う顔でライネリオが訊ねる。

 エルシィは不敵な顔でふっふっふと笑いを浮かべて答えた。

「塩を作りましょう!」

「塩……でしたか」

 その言葉に、皆一様に疑問符を浮かべて首を傾げた。

続きは来週の火曜に

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