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367蒸留技術

「らんびき! らんびきですね!?」

 興奮でフンスと鼻息を荒くしてエルシィが振り返る。

 その視線の先には解答を求めるべき薬神メギストがいるが、彼は少しだけ困ったように笑った。


「知っているのかエルシィ?」

 解答が出る前にそう訊ねたのはアベルだ。

 彼はエルシィが何かと物知りなのは弁えているので、知っていること自体に不思議を感じてはいない。

 ただ、その知識の一端を披露してもらおうとしての問いである。


 エルシィは得意げに胸を張って答える。

「これは蒸留装置ですよ。えへんぷい」

「えへ……? ああ、蒸留装置と言うと、酒蔵が秘匿しているあれですね」

 一瞬怪訝そうな顔を出したキャリナだったが、すぐいつもの感嘆詞の一種なのだろうと納得して、さらにエルシィが出した解答に納得した。


 エルシィも何度か蒸留酒というモノを見ているので、この世界にも蒸留と言う技術はあるのは知っている。

 だが、その技術を求めた時、いつも突き当たるのは蒸留酒を独占的に製造している酒蔵の壁であった。

 そう、これはキャリナが言う通り、いくつかの酒蔵が持つ企業秘密なのである。


 実は以前、エルシィが蒸留酒について調べようとしたことがある。

 だが、すぐにこの秘密を守る壁につき当たりあきらめた。

 忍衆を使えばこの壁も容易に乗り越えられるだろうとは思ったが、商売の秘密をあまりしつこく探るのは商売人の仁義にもとる、と考えてやめたのだった。


 その蒸留装置が探るまでもなく目の前にあるのだ。

 興奮するのも仕方がない。


「その通り、それは蒸留器です。

 ただその……らんびき? という呼び方は初めて聞きましたが」

 メギストが肩をすくめて答える。

 その様子からどうやら秘匿していた技術と言う風は見当たらない。

「昔、博物館で見ました。

 詳しい仕組みは憶えてませんが、形は憶えてます」

 エルシィはまたえへんぷいと胸を張った。

「はく……なんて?」


 さて、エルシィは「詳しい仕組み」と言ったが、この蒸留器は言うほど複雑な仕組みはしていない。

 我々の世界でも初期の蒸留酒を作るための道具なのでごくごく原始的だ。


 樽の上下は抜けており、それぞれ下に蒸留前の酒を満たした鍋、上に鉄でできた笠の様な蓋を逆さに置く。

 これは我々が雨の日に差す棒のついた「傘」ではなく、時代劇などで見かけるような頭にかぶる「笠」の方だ。

 そしてその逆さになった笠の尖った部分のすぐ下に受け皿があり、受け皿から管が樽の外まで出ている。


 下の鍋で沸かして気化した酒が上の笠で冷やされて受け皿に集まり、管を通って樽の外でツボなどに入る。

 そんな仕組みである。

 蒸留とはつまり、液体の気化温度の差を利用して濃縮するための技術と言えるだろう。


 ゴリゴリの文系出身である丈二は、博物館で見た時に最初からこの仕組みを覚える気がなかった。

 が、この世界でエルシィになった後、蒸留酒を作って国庫を満たす足しにしようと思ってこの仕組みを知ってる者を求めた。

 という具合である。

 結果は先に述べた通りで、他にやることも多かったし早々に諦めたわけだ。


「蒸留器があるということは、酒を自分で蒸留されるのですか?」

 会話の経緯を見守っていたヘイナルだったが、ふと不思議そうに、それでいてどこか納得したように訊ねた。

 彼はまだ十代だがこの世界では充分に大人である。

 ゆえにたまにだが酒の席に呼ばれることもある。

 その際に蒸留酒の値段の高さに仰天したことがあるのだ。


 メギストが酒をたしなむなら、その高価な蒸留酒を自分で作ってみようと試みたとしてなんら不思議はない、と見当違いの見当をつけたわけだ。


 メギストはさっきと違ったような困った笑いを浮かべて答える。

「酒というかアルコールですね。消毒に使うのですよ。

 あと薬を作る時にも濃縮技術は役に立ちます」

「ああ、なるほど」

 どこか気まずそうに頷くヘイナルだった。


「ところで、ここ重要なところなんですけど」

 と、そこでエルシィがおずおずと上目遣いでメギストににじり寄る。

 メギストも人ズレはあまりしていないがそれでも数百年生きている神である。

 この表情には覚えがあった。


 すなわち、何かをねだる顔だ。


「……なんでしょう?」

 警戒しつつ、メギストは問い返した。

 エルシィはすぐにニパっとして訊ねた。

「この蒸留装置は秘匿技術ですか?

 教えてもらうことは可能ですか?」


 この問いに、メギストはきょとんとしてから声をあげて笑った。

 この娘は。と、半分呆れたように。


 彼女、エルシィはアントール忍衆を使ってこの里を支配下に置いた。

 普通ならこの社殿を含む管理権限もあると考えるだろう。

 特に多くの神が隠れたこの時代において信仰心など持つ者も少なくなった。

 であれば、この技術に関して徴用を言い出してもおかしくないのだ。


 そこへ来て「これ教えてもらえませんか?」というおねだりである。

 メギストは最初から隠すつもりもなかったが、大仰に頷いてこれに答えた。

「ええ、私自ら、と言うのはめんど……いえ忙しいので難しいですが、弟子に説明させましょう。

 何なら弟子を何人か侯爵殿が召し抱えてはいかがですか?」


 仕官の提案である。

 里の者を仕官させることで支配者の横暴に対する予防線の意味合いもあった。

 もっとも、エルシィであればそんな根回しをしなくとも、里に酷いことはしなさそうだ。

 メギストはそうも思った。

感想で「カビからできる薬で抗生物質に思い当たらなかったのか」というモノがありましたが、エルシィは食料品に対する知識はそれなりにありますが、薬に関しては割と無頓着だったためその知識がありませんでした(食料品系の商社マンだったので)

普通の人並に知識に偏りがあります

蒸留酒については割と早くから目をつけていましたが、作中の理由から躊躇していました

そんな感じのいいわけでご納得いただければ( ˘ω˘ )


続きは金曜に

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