364里を歩く
最長老ロウバイの後についてボーゼスの里を歩く。
里を囲う丸太の塀の中は、以前行ったアントール衆の里とよく似ている。
山間の村らしく農地は少ない。
ほとんどが家屋敷の裏手に家庭菜園程度の畑がある程度だ。
広いところでも一〇〇坪はないだろう。
エルシィの視線を感じ、ロウバイが立ち止まる。
「作物に興味がおありですかにゃ?」
「え、まぁ……どんなものが育つのかなと」
話しかけられるとは思っていなかったので、エルシィはつい素で返す。
キャリナがコメカミをクリクリして難しい顔している気がするが、ここはあえて見ないふりだ。
「家々でそれぞれ違いますが、多いのはカブですにゃ」
「カブ、でしたか」
カブは割と世界中のあちこちで育てられているポピュラーな根菜である。
国や土地によって色や形に多少の違いはあるが、基本的にはだいたい同じものだ。
元の世界においても丈二があちこちで見ていたこともあり、これにはエルシィも特段の疑問もなく納得した。
「ただ昔に比べると出来が悪いにゃ」
通りかかりのねこ耳奥さんがフンと鼻息を吹きながらそういう。
「そうですか……何か対策があるといいですねぇ」
「そうにゃぁ」
カブは育てやすく一年中何度も収穫ができる反面、連作障害もある。
この里が連作障害対策をしているのかわからないこともあり、エルシィは無難な受け答えで済ませた。
もしかすると神授の金印を失っていることにも関係するかもしれないからだ。
神授の金印、それは土地を治める者のシンボルであると同時に、守護神であるイナバ翁によれば気候の安定化や農作物の育ちにも影響するという。
そんな一幕をはさみつつエルシィたちは里の最奥にある社殿と呼ばれた建物へとやってきた。
これもまた、エルシィにとっては見たことある様式の建物だ。
すなわち、ジズリオ島最高峰である焔の山に鎮座する、ティタノヴィア神を祀る社殿と似ている。
「気配を感じる。……神がいるな、エルシィ、気をつけろ」
神孫の双子の片割れであるアベルが、少し嫌な顔をする。
彼が知る神と言えば、基本彼の曾曾曾曾曾曾祖父に当たるティタノヴィア神なのだが、エルシィから別の神について聞かされているせいで「神」に対するイメージがあまりよくない状態だった。
「ほう、お判りになりますにゃ」
「判るさ。うちの爺様と同じ匂いだ」
そんなアベルの言葉に感心したようにロウバイが返すが、アベルは警戒を強めるように社殿を睨むだけだった。
「アベル、大丈夫ですよ。ここにいるのはあの女神ではないですから」
「判るのか?」
エルシィの言葉に、今度はアベルが怪訝な顔で訊ねる番だった。
「ええ、さっきロウバイさんが言ったじゃないですか。
この社殿の主はメギストさんだと。
そうなのですね、ロウバイさん」
ロウバイは驚きの顔を見せてからコクコクと頷く。
「そうですにゃ! さすが侯爵様、そこまでお判りになるとは」
「まぁ、メギストさんがあの女神と関りがないとは言い切れないので、確かに注意は必要ですけどね」
と、最後にエルシィはそうつぶやいた。
さて、社殿に上がるとまず拝殿と呼ばれる広間がある。
ここは普段ロウバイたちがメギストを加えて会議をする際に使う場所らしい。
今は誰もいないのでスルーして奥へ向かう。
次の間は拝殿より狭い、どちらかと言えば広めの通路ともとれる部屋だ。
これをロウバイは幣殿と呼んだ。
幣殿はさらに奥の扉に続いているが、それよりもエルシィたちの目を引いたものがある。
それは部屋の左右の壁に設えられた棚に並べられた、様々な形をしたカラフルなガラスビンの存在だった。
「これは美しい……」
「すごいですね。里のものですか」
キャリナがウットリとした顔で眺め、ユスティーナが興味津々と言う風に目をキラキラさせて訊ねた。
ロウバイはゆっくりと首を振る。
「いやいや、このビンは山を下りた近隣の村で作られたものですにゃ」
ただ、なぜ近隣の産品がここにあるかまでは、ロウバイも答えなかった。
特に隠すつもりもなかったが、彼らにとっては当たり前すぎて、外の人間が疑問に思うとは想像できなかったからだ。
これはメギストが薬ビンとして購入したものや、その薬の礼にと奉納された中でも特に出来の良かったものだったりする。
さて、そうして美しい薬ビンを鑑賞した後、幣殿の奥にある扉をくぐり、橋のような作りの廊下を通ってさらに奥の建物へと進む。
「こちらが本殿。メギスト様のお住まいになる場所ですにゃ。
メギスト様、お客様をお連れしましたにゃ」
ロウバイが本殿の戸を叩く。
「ああ、ご苦労様です。お通ししてください」
そして中からそんな声が聞こえた。
男性の声だが、領都にいる吟遊詩人のようによく通る美しい声だった。
続きは来週の火曜に




