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363金印はどこだ

 里の草原の妖精族(ケットシー)たちがユスティーナの奏でる旋律に合わせて踊る。

 だが、それも長くは続かなかった。

 なぜならユスティーナがいかにも最高潮、と言うところでピタリと演奏を止めたからだ。


 ねこ耳たちのダンスもまたそこでピタリと止まり、彼らは一斉にユスティーナの方を見る。

 その視線には多分に非難の視線が含まれている。

「なぜそこで止めるのか」「ここで止めるなど人の所業ではない」と言ったものだ。


 だがそれらの視線を涼しい笑顔で受け流し、ユスティーナは手にしていた弦楽器を背負いなおしてからパンパンと手を叩いた。

「はい、注目してください。

 こちらにおわしますは我らが、そしてあなた方の主君であらせられます。

 お控えください」

 彼女の笑顔の裏にはちらちらとした怒りの表情も見え隠れしていて、その得も言われぬ迫力にねこ耳たちはタジタジとなってその場に正座した。


 ユスティーナは自らの主君、エルシィが蔑ろにされたと感じ、ひそかに怒っていたのだ。


 その様子を冷や汗を垂らしながら眺めていたエルシィだが、ボーゼス衆が聞く姿勢になったのを感じて一歩前に進み出た。

 と、そこへ一人の老ねこが駆け込んできてエルシィの足元にスライディングする勢いで平伏する。

 アベルとヘイナルがエルシィをかばうように制する中、老ねこは恐縮しきった震え声で述べる。


「ははぁ! エルシィ様でございますかにゃ!

 ご噂はかねがね聞き及んでおりますにゃ。

 我らボーゼスの里一同、侯爵様に逆らう気など粉微塵もございませぬにゃ。

 なにとぞのご慈悲を!」


「あなたは?」

 エルシィに変わって侍女頭のキャリナが冷たい視線で老ねこの頭を見下ろすように訊ねる。

 老ねこはパッと顔を上げて蒼い顔で答えた。

「申し遅れましたにゃ。

 わしはこの里の最長老であるロウバイと申しますにゃ。

 ご無礼の段、罰は何卒わしの首一つでお許ししてほしいにゃ」

「首いりません」

 つい、ぼそっと答えてしまうエルシィに厳しい目を向けるキャリナだったが、まぁ気持ちは解らなくもない、といった表情でもある。


「それで、これは何の騒ぎにゃ?

 祭りでもしているにゃ?」

 一種異様な雰囲気でしんと静まり返った中、アントール忍衆の棟梁であるアオハダがロウバイに訊ねた。


 ユスティーナの音楽でダンスに変わってしまったが、里のねこ耳たちが大騒ぎで里中ひっくり返して回っているのは先ほど見た現実である。

 いつもなら静かな里だろうに、どうしたことだろう。

 同行の者たち皆の疑問だ。


 どう答えていいか。

 そんな困惑した表情で落ち着きなく視線を泳がせた最長老ロウバイだったが、ついにはあきらめたように肩を落として答える。

「はぁ、それが……侯爵様がお求めの金印なるモノが見当たりませんにゃ。

 里の者も見たことがないというので、こうして皆で探しているところですにゃ」


「神授の印章がない?」

 これまたエルシィが思わず声を漏らした。


 金印、神授の印章、印綬、色々な呼び名があるがどれも同じものを指している。

 すなわち、この旧レビア王国文化圏において、その土地を治める権限者の(しるし)として知られる、金色に輝く角印のことである。

 知る者は少ないが、これはまさしくこの世界の神のひと柱より与えられた神宝であり、それぞれの印綬の受け持つ範囲の各土地に恩恵をもたらす効果がある。


 その神授の印章がないというのだ。

 この土地は調べたところ旧ボーゼス男爵領に当たり、その土地を受け持つ印章があるはずなのに、である。


「どこかに持ち出されでもしたのでしょうか」

 ヘイナルが考える様子でアゴを撫でながらつぶやく。

 実際、土地を受け持つと言ってもその土地に縛られているわけでもないので、持ち出すことは可能である。

 もしそうして持ち出された印章が、どこかで適当な宝物(ほうもつ)として売り払われでもしていたら、探すのは困難を極めるろう。


「里の誰もが見たことない、とおっしゃいましたが、話すら聞いたことはないのですか?」

 もう黙っているのも耐えられなくなった様子でエルシィが問いただす。

 すぐ最長老の脇にいた若ねこが答えようとしてロウバイに口をふさがれる。

 エルシィは一瞬「なんだろ?」ときょとんとしてから思い当って口を開いた。

「直答を許します」

「ははぁ、ありがたき幸せにゃ」

 そんなやりとりの後に、結局誰も話すら誰も聞いたことがない、ということが分かった。


「困りましたにゃ」

「伝承すらないとなると、草原の妖精族(ケットシー)たちがここに住む前に失われているかもしれませんね」

「持ち出されていないなら、どこかに埋もれているのだろうが……」

 それぞれアオハダ、ユスティーナ、アベルの順である。


 特に伝承伝説に長けた吟遊詩人(ユスティーナ)の発言にエルシィは考え込む。

 アオハダたちアントール衆と同じであれば、このボーゼス衆が山に住み着いたのは一〇〇年ほど前の話だろう。

 であれば、ここを治めていた旧男爵やその郎党はどこへ行ったのか。

 彼らが印章を持ってどこかに行ってしまったのだろうか。


 そうして静かになってしまったエルシィを見て、何人かのボーゼス衆はますます蒼くなる。

 降伏の条件の一つには「金印を差し出す」と言うのがあった。

 その金印が見つからないのだ。

 もしや降伏受諾が撤回され、このまま里が根切り(みなごろし)にされる可能性もありうる。

 そう考えてのことだ。


 特に苛烈だという噂も聞く幼侯爵である。

 それを思い出し、里の衆は息が詰まる思いだった。


 これはいかん。と思ったロウバイは慌てて言う。

「侯爵様! ご安心くだされにゃ!

 里を上げて必ず金印を見つけ出しますので、もう少しお待ちくだされにゃ。

 侯爵様はその間、あちらの社殿でメギスト様とお茶でもしていてくだされにゃ」

「メギストさん、ですか?」

 老ねこが「様」とつける以上、最長老より立場が上なのだろう。

 また新たな名が挙がってエルシィが興味を示して顔を上げた。

続きは金曜に

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