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360チガヤ氏の嘘

 ボーゼス衆の長老会議にて、戦犯たるチガヤ氏が吊し上げを食らおうというまさにその時、里の防壁で見張りを行っていた若いねこ耳衆が屋敷に飛び込んできた。

「アントール衆を名乗る草原の妖精族(ケットシー)の集団に里が囲まれたにゃ。

 人数は多くないけど、明らかにうちの里の衆より手練れにゃ!?」


 ああ、ついに来るべき時が来てしまったか。

 と長老衆は頭を抱え、そして薬神メギストへと注目した。

 彼ら里の衆はこの山にこもって数代を重ねるが、ここまで攻め入られたピンチなど初めてである。

 たいていは桃園の陣を使う前に犠牲を厭って撤退するのが関の山なのだ。

 そこまでして手に入れたい豊かさがこの里にはないゆえに

 あるとすれば薬学の技術と知識ではあるが、それを知る者は少ない。


 であるからして、彼らはこのピンチに際し、自分たちより上位の者の知恵を頼る。

 すなわち薬神メギストだ。


 ところが注目を浴びたメギストはメギストで整った顔を非常に困った風にゆがめる。

 こんな軍事的戦術的な危機に頼られても、研究の徒であるメギストには良い案など浮かぶわけがない。

「まったく、私はティタノヴィアではないのだ……」

 そんな彼の呟きを拾う者はいないが、それでも彼の表情を汲む者はいる。


 長老たちは落胆をもって下を向いた。


「ええい、わかったにゃ。

 俺が責任をもって対応に出るにゃ!」

 そうしびれを切らしたように立ち上がったのは、未だ責めの視線が投げかけられているチガヤ氏である。

 彼は傍らに置いてあった小刀を手に取って腰に差すと、ノシノシと歩いてこの屋敷を辞した。


「まぁ、今までも里外のことは奴に任せておったにゃ。

 今回も任せてみるとするにゃ」

 長老衆のまとめ役であるねこ耳老はため息と諦観をまぜこぜにしつつそう言った。

 反対する者はこの場にはいなかった。



 対し里を包囲したアントール衆はしばし待つつもりのようで、どっしりと布陣した。

「棟梁、すぐ攻め入らないにゃ?」

 そのことに不満を持った若いねこ耳が、棟梁アオハダに問う。

 アオハダはその若猫をギロリと睨みつけてから鼻息をフンと吹く。

「今回の侵攻はエルシィ様を害そうとしたことへの報復ではあるにゃ。

 しかし同時に、人手不足となりつつある我ら忍衆の補充と言う目的もあるにゃ」

「と言いますとにゃ?」

 すぐ聞き返す若猫に「察しが悪いにゃ」と落胆しつつ、アオハダは続ける。

「つまりボーゼス衆を殲滅することは簡単にゃが、それをせず丸っとその里ごと手中に収めるのが目的ってことにゃ」

「なるほどにゃ」

 ようやく納得した顔で若猫は引き下がった。


 そうしている間にボーゼスの里側で動きがあった。

 アントール忍衆が囲む里の塀の上からひょっこりと顔を出す者がいたのだ。


 まぁこれまでも見張りらしい若猫がひょこひょこと顔を見せていたが、今回はそうではなさそうである。

 なぜなら、今回顔を見せたのは、年配で貫禄のある眼帯のねこ耳だったからだ。

 少なくとも指揮官クラスであろう、とアオハダは気を引き締める。


 その眼帯猫、チガヤは里を囲むねこ衆の中から一番偉そうなアオハダに目を付けて声を張り上げる。

「同族別里の方々とお見受けするにゃ。

 その方ら、なにゆえ我らの里に攻め上がるにゃ?

 返答次第では我ら最後の一人まで抗う覚悟にゃ」


 そんなチガヤの言にギョッとしたのは、むしろ里の者たちの方だった。

 彼らは「そんなのいやにゃ」「今のうちに逃げるにゃ?」「囲まれてるから無理にゃ!」とザワメキを上げるが、さすがに塀内のことなのでアオハダたちの耳までは届かなかった。

 そんなザワメキに舌打ちをしつつ、チガヤ氏は堂々たる態度で返答を待つ。


 アオハダは呆れ返った顔で、最初の見張りに向けて言った言葉を繰り返した。

「我らの主君に対して、先に敵意を示したのはそっちの方にゃ!

 今更言い逃れしようなど、恥知らずもいいところにゃ」

 だがチガヤは素知らぬ顔で首を振った。

「何のことを言っているかとんと見当がつかないにゃ。

 だいたいその示した敵意とやらの証拠はあるにゃ?」


 話の行く末を気にしていた長老の一人が、このチガヤの言を聞いて「ひっ」と短い悲鳴を上げた。

 こやつ、しらばっくれるつもりにゃ!

 だがそれは悪手ではないか。

 もし相手がその証拠を押さえていた場合、嘘をついた分、相手への心証は悪くなるだろう。

 さすればいざ攻め入られた時の惨劇は、より酷いものとなるだろう。


「しらばっくれるにゃ?

 つまりお前らは知らなかった、と言うつもりにゃ?」

 困惑気にアオハダが眉をしかめる。

 しかめつつ、彼も「困った」とこの時思った。

 なぜなら、この時点ではまだ暗殺未遂の実行犯を抑えていないのだ。

 証拠、などと言われても状況証拠だけしかないので攻めるに根拠が薄いのは確かである。


 もっとも、この世界においては権力者が状況証拠だけで犯人をとっちめるなどと言う例は枚挙にいとまがない。

 我らの住む社会とは、根本的な法意識や倫理意識が違うのだ。


 それでもアオハダは困った顔でモニター越しにこっちを見ているだろうエルシィへと視線を向けた。



「それはそう」

 エルシィも困った顔でその視線を受けて、どうしたものかと腕を組む。

 と、その時、とても都合の良いことに市井へと捜索を行っていた将軍府の者が執務室にやってきた。


 彼の両脇には若い草原の妖精族(ケットシー)がぐるぐる巻きにされた状態でぷらんと抱えられていた。

「侯爵陛下に申し上げます。実行犯を確保しました。

 すでにボーゼスの里のチガヤなる人物と、暗殺を依頼した商家の名を自供しております!」

「チガヤ、助けるにゃ!」

「このままにゃ俺たち死刑にゃ!」

 ぐるぐる巻きの若猫たちがじたばたとしながら声を上げる。


 エルシィは苦笑いをしながら虚空モニター越しでアオハダに告げる。

「と言うわけで実行犯を確保しました。

 チガヤ氏の嘘は暴かれました」

 アオハダはどこかほっとした様子できりりと表情を引き締めなおし、チガヤ氏に向き直った。


「貴様の嘘はすでに暴かれたにゃ。

 神妙に降伏するなら命まではとらぬと保証するにゃ。

 返答はいかにゃ?」

 言われ、チガヤ氏はがっくりと頭を垂れて塀の向こうに姿を消した。

 今一度、相談する必要があるだろう。

続きは来週の火曜日に

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