359絶望のボーゼス衆
「……覚醒スキルってなんでしたっけ?」
結果に満足しつつも、エルシィは遠い目をしながら御業、つまり覚醒スキルについてつぶやきだした。
疑問をぶつけられたお側衆は困惑して互いの顔を見る。
そんな中、アベルが疑問を投げ返した。
「それはエルシィが一番知ってるのじゃないか?」
「それは、そう」
エルシィも素直に頷き返す。
そしてエルシィは自分の知る覚醒スキルについて口にしてみる。
「ヘルプ曰く『経験と修練の積み重ねによりほんの少し未来の自分から力と成果を借り、それが覚醒スキルとして顕現する』と」
また皆一様に困惑顔で互いを見る。
「まぁへるぷ? さんがそういうならそうなのではないですか?」
言葉の意味は解らないが、と言う感じでキャリナがそう答えてみる。
これはけっして「お前がそう言うならそうなんだろうな」と言う揶揄ではない。
そもそも神から授かりし御業と理解しておるので、それ以上を深く理解しようという気がないのだ。
だがエルシィはさらに首をかしげる。
「『経験と修練の積み重ねによりほんの少し未来の自分から力と成果を借る』という以上、今できなくても修行していればいつかはできるようになる。
と言うことですよね?」
「そう言ってますね?」
「……あれ、できるようになるんですか?」
今更な疑問であった。
つまり、エルシィはいくら人が修練したからと言って、手から水を出したり大風を起こしたり、ましてや空中でジャンプの方向転換が出来たりするのだろうか。と。
思えば今までも「?」と思ったことはいくらかある。
アベルやバレッタの覚醒スキルはともかくとして、ホーテン卿の御業はギリギリ人間ができるかもしれないレベルである。
もちろん、そこに至るのには何十年、はたまた百年の修練が必要かもしれないが。
ところがスプレンド卿の『戦術心話』あたりになると怪しい。
いくら人間が修練しても、部下とテレパシーで意志を疎通するなどできるだろうか。
これは修練関係なく、超能力に目覚めたと言ってしまえばそれまでだが、こうなると覚醒スキルと言うのがなんだかわからなくなってくるのである。
「エルシィ様が何にお悩みか全くわからないにゃ」
と、ウンウンとうなっているエルシィに、この場に残っているアントール衆の一人、カエデが首をかしげる。
エルシィはすぐ振り返って胡乱な視線を彼女に向けた。
「草原の妖精族は修行さえすれば手から水が出せると?」
「出せるにゃ? 我らがお山の里に伝わる『萬海集川』にそう書いてあるにゃ」
「……?」
「全二十二巻にゃ?」
まさかの回答にエルシィの目が点になった。
っていうか萬海集川って何。明らかに日本人が書いてるよね。
つーか萬川集海じゃないんかい。
思わず心の中で言葉が乱れるエルシィだった。
さて、領主執務室でそんな会話がなされているころ。
ボーゼスの里の長老宅でも主要な者たちが集まって話し合いがもたれていた。
議題は「どうなるどうするボーゼスの里」である。
つまり、もう目前まで迫ったアントール衆に、どう対応するかと言う話だ。
「というかにゃ、うちの里はなぜ攻められておるんにゃ?」
「知らん知らん。どうせうちの薬についての知識とか、そういうのを狙っておるのにゃろ」
「ふん、下界の欲に汚染されおったか。同族として嘆かわしい」
数人の老いたねこ耳たちが憤懣たるや、と言う様子でそう言葉を投げあう。
誰もが突然攻めて来たアントール衆に非があることを疑っていない様子だ。
だが、里のオブザーバーとしてこの会合に参加している唯一のひと耳、薬神メギストが大きく首をかしげた。
その勢いで美しい金糸の髪がするりと流れる。
「果たしてそんな理由でしょうか?
相手のねこ耳たちは最初のこちらの非を口にしたのでしょう?」
言われ、困惑気に顔を見合わせるねこ耳たちだったが、一人、若いねこ耳がパッと手を挙げた。
それはアントール衆とファーストコンタクトをした見張りの草原の妖精族だ。
「はいにゃ! あいつら『我らの主君に対して、先に敵意を示したのはそっちの方』と言ったにゃ。
察するに、何かきっかけになる事件があったか、もしくは盛大な勘違いがあるのではにゃいかと推察するにゃ」
「おお、賢いにゃ」
「さすがはコカノキの息子にょ」
何人かの長老格が褒めたたえて言えば、若猫は照れ照れと頭をかいた。
「と言うことですが、皆さん何か心当たりは?」
このままでは話が進まないのでメギストが進行することにした。
あまりゆっくり話をしている暇などないのだ。
「そうは言うても、うちの里で外と関わりあるのはチガヤの家だけにゃ?」
「そうにゃ。外との売り買いも、なんかたまにある依頼? もチガヤの家が窓口にゃ。
知ってるとすればチガヤだけにゃのでは?」
がやがやと言葉を交わしつつ、一同はスッと件のチガヤ氏に視線を向ける。
チガヤ氏は茶黒のトラ猫で、片目を幼いころに失ったらしく肉球マークの眼帯をしている、ちょっと目つきの悪い中年猫だ。
そのチガヤ氏が皆の注目を受けてダラダラと冷や汗をかいている。
「何か知っていますねチガヤ?」
メギストに問われ、チガヤはびくっと背筋を伸ばした。
その後に、観念した様子で平伏しつつ口を開いた。
「少し前、新侯爵エルシィ陛下の暗殺を請け負ったにゃ。
おそらくそれであろうにょ」
「それにゃ!?」
一堂に会した草原の妖精族たちは、絶望顔で一斉に突っ伏した。
続きは金曜に