357桃園の陣
「メギスト様、やりましたにゃ!」
ボーゼスの里奥にある社殿に駆け込んだ猫がウキウキ顔で報告した。
彼はつい先ほどまでアントール衆を目的の場所までおびき寄せる囮として駆けまわっていた里の草原の妖精族である。
そこへもう二名のねこ耳も駆け込んでくる。
「こっちもオッケーにゃ」
「ちょろいにゃ!」
彼らはアントール衆の分隊、B班とC班を牽引していた者である。
つまり、エルシィ配下の忍衆は彼らの誘いに乗って、ことごとく偽の里におびき出されたということになる。
報告を受けたこの山の住まう神であるメギストは、苦渋の表情で首を振りながらもランランと目を輝かすねこ耳たちに言い渡す。
「いいでしょう。
では桃園の陣を発動させなさい」
「がってんしょうちにゃ!」
「これで一網打尽にゃ!」
「我が里に攻め入った報いを見せてやるにゃ!」
囮役のねこ耳も、他の控えて準備していた弓持ちのねこ耳も、こぞって声を上げ、そして社殿から飛び出した。
メギストはそんな彼らを見送りながら、大きなため息をつく。
「何か懸念がありますにゃ?」
側に控えていたねこ耳長老がメギストの顔をのぞき込む。
彼はうんざりと言う顔でそれに答えた。
「いえ、同族同士の殺し合いの、何がそんなに楽しいのかと思いましてね」
そも、彼はその権能を振るってこの世界の者たちに幸や災いをもたらすタイプの神ではない。
薬神と言う意味では影響は大きいが、積極的にそれを広めるのは彼の性に合っていなかった。
ゆえに半隠遁者のような生活をしながら、この山で独自の研究を続けてきたのだ。
そんな彼からすれば人同士の戦争などバカげているようにしか見えない。
今回は自分の住む山への侵攻であったためにやむを得ず指示しているが、こんなことに関わりたくないというのが本当のところだった。
「神様ともなると、色々悩みもあるのですにゃぁ」
そんなメギストの心情など理解できない長老は、変に感心しながらも頭を切り替えていく。
桃園の陣で多くの攻め手を殺すことができるだろう。
後は無力化した何人かを捕虜として、なぜ攻めて来たのか、などの情報を聞き出すフェイズになる。
その後は賠償請求だ。
その準備も進めておかねば。
長老は尋問に使える薬をいくつか頭に浮かべながら、メギストの社殿を辞するのだった。
「どうやら罠に誘い込まれたようだな」
アオハダたちの視点を使って様子を見ていた侯爵執務室にて、苦虫を撫したような顔でアベルが爪を噛む。
「ですが、花畑ですか? これが一体何だと……」
と、これは侍女頭キャリナの言だ。
この言葉は部屋にいる多くの者の疑問であったため、誰もがその答えを求めてそれぞれの顔を見回した。
その中で、最も深刻そうにしているのがエルシィである。
「……エルシィ様?」
この部屋に残った忍衆の一人であるカエデが怪訝そうな顔でのぞき込む。
その瞬間、考え込んでいたエルシィがハッと顔を上げた。
「思い出しました。あの花は夾竹桃です!」
「きょうちくとう……?」
誰もが知らなかったようで首をかしげる。
エルシィは構わず思い出したことをつらつらと述べていく。
「子供の頃、町内のおばあちゃんが庭で育てていて、問題になったことがあります」
あんた今、子供真っ盛りだろ、と何人かは心の中で突っ込んだが、キャリナやヘイナルが黙っていたので彼らも黙した。
最側近である二人が何も言わないのだから、多分おかしな発言ではないのだろう。
だが、チョウナイ、とは?
わずかな疑問を残しつつも、結論を求めてキャリナが問う。
「それでエルシィ様、そのキョウチクトウがどうされたのですか?」
「あれは毒です。花にも葉にも茎にも毒があり、土壌にも毒を残します。
そして燃やせばその煙にも毒素が含まれます。
このような寒冷地で、しかも冬に咲く植物ではありませんが、おそらくボーゼス衆の品種改良の賜物でしょう」
そしてその品種改良の結果として毒素が薄くなっているということは期待できない。
なぜなら、里に攻め込んできた者たちをその花畑に誘い込むくらいなのだから。
「忍衆の皆さん、急ぎ退避です!
いえ、すぐ彼らを呼び戻した方が確実でしょうか……」
いつになく慌てた様子のエルシィに、側近たちは深刻さを察して心を泡立たせる。
味方が今にも罠でその数を滅ぜられようとしているのを見ていても、彼らにできることなどないのだ。
そう、唯一、元帥杖の権能ですぐさま彼らを撤退させられるエルシィ以外は。
だが、ここに残っていた彼ら忍衆の同僚たるカエデは一人、落ち着き払った態度でエルシィの背をポンと叩いた。
「エルシィ様。ご安心召されるにゃ。
我らが忍衆、やすやすとやられるハズがないにゃ。
ともかく、エルシィ様の知っているキョウチクトウとやらの情報を、アオハダに伝えるのが先決にゃ!」
「なんと、このピンクの花が毒ですにゃ!?」
伝えられ、柵の中で困惑していた忍衆は俄かにざわついた。
だが、アオハダをはじめとした各班長やベテランのねこ耳たちはむしろこの逆境にニヤリと笑った。
「なるほど、ここに火でも投げ込まれれば普通の猫なら絶体絶命、と言うところにゃ。
しかし、我らアントール忍衆。
この程度でやられるほど甘くはないにゃ!」
その時、ちょうど柵の向こうから何本もの火のついた松明が投げ込まれた所であった
続きは金曜に_(:3」∠)_




